中央部フロア内部は、上層にある木々の崩れに従って、次第にその空間を密閉状態にしつつあった。
その内部で起こった急激な炎上により、内部に満たされていた「生物が生きる為に必要なエネルギー」は、次第に失われつつある。
しかし張り巡らされた植物はそれを許さない。
急激に増えた炎からの煙を、これまた急激な勢いで吸収した植物がエネルギーに変える、放出する。
そしてそのエネルギーを受けた炎が、更に急激な勢いで奪っていく。

ロックが手に持った、フランベルジュのボールカプセル内部に存在する「焼き尽くす神」

ネイティが先程まで絡め取られていた草の檻から放出した、そのエネルギーを飲み込んだ「循環する大樹」

この両者は互いに破壊と再生を繰り返し、その戦いは永劫続くものかと思われた。
だが両者は、無慈悲な自然の法則そのものから生まれたものではなかった。
ネイティには、ロックの生命活動を休止する事が出来ない。
そしてロックの体は、手に持ったフランベルジュの影響のおかげで、かなりの損傷を負っている。

――それなら……っ!

ロックの足元から無数の蔦が伸び、次第にロックの体は、その蔦に絡め取られていく。

「関係の無い人を、いちいち巻き込まないでよ!」

それは手元にある、焼き尽くす神の安置された、フランベルジュを目指している。
安全確保の為に、ロックの体内を、安全な所に運ぶ為には、まずこの剣をロックの体から離す必要があると、ネイティは考えた。

「予言の鳥よ、先程この者が剣をとったのは、この者の意思である。この者は自らの過ちを認めている。」

呼びかけと共に、蔦の絡めが止まる。
それと同時に、蔦の先端は焦げ初め、炎が迸った。

「この者は、罪人の脱獄を許した反逆者として、永劫国から追われる身にある。それどころか唯一の帰るべき場所であった一人の女は、あろう事か、この者を利用していたその張本人であったのだ。」

蔦の先端から迸った炎は、蔦の再生を許さない。
足を絡め取っていた蔦が、次第にその身を黒く崩落させていく。

「そして三つ首の亡霊は、この者が持っていた人への憎しみを膨張させた。彼を私から開放した所で、彼はなにもかもを傷つける破壊者となるだろう。この者を外に出してはならぬ。この者を、救えば、新たな破壊を生む事になるのだぞ。」
「お前の用件なんか聞いてないんだよ!」

突如、知らぬ間に上方から伸びていた蔦が、下方から勢いよく飛び出した蔦に合わさり、ロックの全身を絡め取った。
そして蔦から放出された光が、ロックの体を覆っていたくすんだ煙や傷跡を覆い隠していく。

「あの女の意思が込められた光であろうとも、それは一時的に放出した想いでしかない。仮初の力など、焼き払ってくれる!」

包み込む力を逆に吸収し、取り込んだ炎は勢いを増し、全身を覆う蔦に襲い掛かった。

「当たり前だよ!」
「なんだと……!?」

それに驚愕を覚えたように、ロックの体が強張った。
それが「焼き尽くす神」の意思だったのか、ロックの意識だったのかは判らなかったが、それと同時に炎は勢いを止め、上下から伸びていた蔦の勢いも止まった。
少しの間、フロア内部は静寂に包まれ、その後で、顔を歪めないネイティの瞳から、大粒の涙がこぼれたが、それでもネイティは泣き顔を見せず、ただ真剣な表情で泣きながら告げた。

「アリエッタの意思を伝えるのは、私の役目じゃない。ロックの意思を伝えるのも、貴方の役目ではないの。種族がどうとかは関係無くてさ、二人の意思は、二人自身で伝えなくちゃいけないんだよ。」

ロックの全身は、先程吸収したエネルギーの副作用か、回復状態に向かいつつあった。
それと同時にネイティの声が掠れていき、ネイティの涙が地に打たれていくに従って、ロックの眼に、輝きが満ちていくようなようにも見えていた。

「本当の答えを、真実を伝える機会が、彼らにまだ残されているのならば、それを潰してしまうような事を、私は許さない。だから私は、ロックを……。」

そこまで言った所で、ネイティの体は崩れ落ち、辺りを包む蔦の活動も、停止状態に向かっていた。

それと同時に、ロックの手元にあったフランベルジュが床に落ち、ボールカプセルを残して崩れ落ちた。
その勢いでカプセルのスイッチが入ったのか、内部から勢いよく、炎で出来たかのような鳥が飛び出してきた。
そしてロックは、その場で倒れてはいなかった。
足元は、もうふらついてはいなかった。



「……こ……ここは。」

草を編んで作られた毛布の上で、アリエッタは眼を覚ました。
辺りは騒々しい空気に包まれてはいるが、殺気立っているという様には見えない。
空に目をやると、早朝か夕方かを迎えているらしく、薄い紫色の雲がフワフワと浮かんでいるのが見える。

「で……どこよここは。」

人ごみのせいでよく判らなかったが、よく見渡してみると、辺りに木々がある訳でも、地面を根が張っているという訳でもない。
そこは周囲にほとんど何の突起も見られない、広大な草原だった。

「お、ようやくお目覚めかい。」

声の主は、アリエッタの後方に座りこんでいたラグラージだった。

「木の中だからよく判らなかったが、どうやら俺達が倒れたのが夜中だったらしいな。今はあれから少し経って早朝になったみてぇだから、何日か寝てたって訳でも無ぇから安心して良さそうだぜ?」
「なるほど……で、森の外にある草原の方まで避難してきたって事ね。」
「ああ、そう言うと思ってたぜ。」
「?」

何かはっきりしない答えのラグラージにアリエッタが疑問を抱いていると、緑色の彼女が人ゴミの向こうに見えた。
時折周囲を行き交う者の群れにぶつかり、その度に彼女は、人やポケモンに声だけの謝罪を返して、此方に向かってくる。

「様子はどうだった、ノクタス。」
「なにしろあの大きさですから、まだ多少の時間はかかると思いますが……。」

そこまで言った所で、起き上がっている彼女に気付くノクタスは、状況が上手く飲み込めていないアリエッタを察して、ラグラージに問いかけた。

「司令、まずはこの女への状況説明が先かと思われますが、いかがなさいましょう。」
「ああそうそう、戻ってきたらお前に任せようと思っていた所だ。頼む。」
「ではアリエッタ。端的に起こった状況を説明するから、理解の方、宜しく頼みますよ。」
「敬語と標準語混ざるくらいなら、慣れてる方で統一すればいいのに……。」
「何か言いましたか?」
「冗談よ。お願い出来るかしら?」
「では、手短に説明するとですね……。」

アリエッタはふと、周囲に蔓延った人間とポケモンが、仲良く互いの話に盛り上がっている様に気付いていた。
それはアリエッタの住んでいた国では考えられないような事であった為、この時の彼女は、自分が森に来て最初に出会った小鳥の事を思い出していたが、その者の姿を見つける事は出来なかった。

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