地鳴りが聞こえる。あまりに大きすぎる音を響かせて、大地が揺れている。
とうに聞こえてきたそれを今更に警戒し、眠りから覚めたネイティが周囲を見渡すと、後ろに立っている影に気付いた。
辺りは中央部の外にある森のようだが、木々の多い地形の為、自分の正確な位置がよく判らないという状況であると気付く。
いつの間に中央部から脱出していたのだろうか。

「気が付いたか。」

ロックが歩み寄り、それにやや警戒するネイティ。
衣服が少し煤けており、だがあれだけの干渉を受けながら、その程度の損傷で済んでいる事に、少し安心するネイティ。
依然として、地鳴りは続いている。

「改まって話すのは、初対面の時以来だな。最もあの時は、お前も話すような気分じゃなかったみたいだが、まぁ、そんな事はいいんだ。」

首を傾げて答えるネイティを見て、ロックが続ける。

「さっきからあちこち揺れてるようだが、今の所原因はよくわからん。調べようとしてお前の傍を離れようとしても、コイツに止められて立ち往生だ。」

最早ボールのみが残されたその剣、フランベルジュを腰元から取り出したロックは、そのままそれを目の前に置いた。

「ここに来るまでに出会った奴で、一応だが、俺の唯一の……あー、お前らはこの言い方はあまり好きじゃないと思うんだが……その、俺のポケモンだ。」
「………。」

護衛や安全の為に、人が常にそれを所持物としている事も、ネイティは判っていた。
判っていたが、この前方に設置されたカプセル内部に入った者から察するに、所持物という言い方に気を悪くする程のプライドを持っている者であろうとネイティは察する事が出来たので、それに至った。

「……貴方失礼よ。自分の実力以上の者を所持物としている癖に、その者に対する敬意というものをまるでわきまえていない。種族の壁に託(かこつ)けて、敬うという事を忘れているのではなくて?」
「判っ てるつもり、だったんだけどな。すまないな。こういう時の言い方をよく知らないんだ。俺はこいつを剣の状態から手に取ったから、俺が捕まえたって訳でもな い。アリエッタにも仲間にも、こいつの事は黙っていた。完全にその……道具、なんだが、俺も兵法曰く、道具には敬意を持つべきだと思っている。だがこいつ はもう、剣ですらない。ここいらで放しちまってもいいとすら思っている。」

ロックがそれを言い終える瞬間かそれと同時に、ボールがガタガタと揺れ、開閉スイッチが押し込まれた。
ロックとネイティの間から熱風が吹き出し、炎に包まれた大きな鳥は、改めて二人の前にその姿を表した。

そうして炎の鳥は、その大きな右翼を広げると、それをロックの首元に当て、その嘴を顔に近づけて言い放った

「答えよ人間。我は炎と呼ばれる者であるが、さすれば我は炎か?我は鳥か?それとも我は貴様の言う道具か?」
「んなのお前が決めて、お前が言うべき事だ。何事にも縛られるな。このまま俺と一緒にいるか、好きにどっか行っちまうか、お前が決める事だ。そこのちっさいのが、そう言ってたぜ。」

突如、話を振られたような気分になったネイティが、割って入る。

「私の言葉を借りてないで、それこそそういうの、自分で決めた方がいいんじゃないの?」
「いいだろ別に。俺がお前の言葉を借りたのは、俺の意思であり、それを俺の口から言ったのは他でもない俺自身だ。だからコイツは俺の言葉だ。」

勝手な言い草であったが、筋は通っている。ネイティはそう思い、炎の鳥の感想を待つ。
炎の鳥の右翼が、ロックの首元から離れる。
その手に見立てた羽が触れた面には、くすみ一つなかった。

「成長したようだな、ロック。」
「そのつもり、だがな。どうだろうね。言い方は気に入らないが、認めてくれた事には感謝してやるよ。」
「ついでにもう少し、口を整えてみたらどうだ?」
「お前にだけは、言われたくないね。」

二人の様子に、心無しか安堵の念を浮かべるネイティ。
一件は一通り消化されたのか、炎の鳥は、ネイティの元に近づいてくる。

「予言の鳥よ。先ほどから周囲に漂っている、この異様な空気。理解したか?」

少し目が冴えてきたネイティは、出来るだけ広範囲の探知をするのだが、気配というものがしない。
避難が完了したとはいえ、それにしては気配が無さ過ぎる。
ただ少し、周囲にはぼやけた反応が広がっていると、ネイティはそれだけを感じ取っていた。

「……よくわからないけど、大きな気配は感じるんだけど、なんていうかこれは……。」
「予言の鳥よ。それはもしや、大きすぎて察知出来ないという事か。」

炎の鳥が告げると、ネイティはハッと気付いたように、炎の鳥の方に顔を向けた。

「う……嘘でしょ。まさか……貴方それに気付いていながら、呑気に私を寝かしてたって訳?」
「安心したまえ予言の鳥。お前が心配する者達の避難は完了し、先程のテレポートも無事に成功している。」
「……感知からして、私より遥かに上をいっているようね。」
「こう見えて我は高位だからな。伊達に神格化されてはおらぬという事だ。」

少し置いてけぼりをくらったロックが、慌てるようにして二人に問う。

「お……おい、なんだよ。この地響きはなんなんだよ。少しは説明してくれよ。」
「……ロック、貴方もう一度、アリエッタに会いたい?」

当たり前のように聞くネイティは、それが当然の事であると、わかっているような声でロックに問いかける。

「な、なんだよいきなり。」
「会いたいか会いたく無いか聞いてるの。どっち。」

ネイティの押しの強さに、少し驚き、照れながらそれを言う。

「そ……そりゃ、あいつの為にここまで来た訳だし、会いたくない訳がないだろう。というか、これであいつに会えないような事があったら、俺は自分を呪うぜ。」
「そう……なら安心ね。じゃあロック、間に合わないかもしれないけど、今から急ピッチでアリエッタの元へ行くから、彼女の事、出来るだけ強く念じてね。」
「は……はぁ、急に言われてもなぁ。」

拍子抜けするようなロックの態度を見かねたのか、炎の鳥が告げる。

「貴様は自分の好いている女の事すらロクに考えられんのか!さっさと願わんと丸焼きにするぞ!」
「わ、わかったよ!う……うーん……。」

厳密になにを考えているのかは置いといて、思考を巡らせているロックの頭の上に乗ったネイティは、その想いを汲み取っていく。

「……もう少し……もう少しで、アリエッタの位置が掴める。」
「あ、歩いて行ったんじゃ駄目なのか?」
「それじゃ間に合わなくなるの。とにかく貴方は、アリエッタの事だけ考えてなさい!」
「酷い言われようだが……必要な事なんだな。わかったよ。なんだか知らないが、頼むぞネイティ!」

ネイティの周囲が光に包まれていく。炎の鳥は、ただその様子を見守っていた。
再びボールカプセルに戻るつもりは無さそうだ。
なにを思ったか、それから炎の鳥は大きく羽ばたいて、森の向こうに飛んで行くようにして、そのまま空の彼方へ消え去った。
飛び立った炎の鳥がわずかに残した地面の焦げ後の近くに、いた筈のネイティとロックは、もうそこにはいなかった。



「ドダイトスって知ってるか?」

目的地へと続く道を歩く中、ラグラージがアリエッタに尋ねた。
アリエッタはそのポケモンの名前を知っていて、なおかつその特徴も頭に入っていたのだが、ラグラージが何を言おうとしているのか、アリエッタには検討も付かなかったが、目的地に近づくにつれて、段々とそれが判ってきていた。
到達点から少し離れた所で、アリエッタはそれに気付いたが、単純にそれを見た感想が、アリエッタの頭に浮かぶ事がまず無く、彼女はただ、それを見て呆然となった。

「…………へ?」

自分でも間の抜けた声を出していると思った。
だが状況が状況であり、それは常識では考えられないような事に繋がっており、それが彼女に、少しの混乱を齎した。

「おお、目が覚めたのか。」

目的地周辺から近づいてきたのは、中央部に向かった筈の教授だった、が、アリエッタはそれを理解するのに時間がかかった。

「まさか嬢ちゃんの知り合いだったとはな。他にも色々掻き回してくれてたそうじゃねぇか、ええ?教授さんよ。」
「ま……まぁそれはいいじゃないか。ははは……。」

アリエッタの知っている教授よりも、その教授には人間らしさというものが戻りつつあった。

「きょ……教授、まさかその姿は。」
「なにが原因かは知らんが、恐らくはフランベルジュに込められていたアイツが、進化の秘法の力を根こそぎ焼き払ってしまったらしい。」
「アイツ……?」
「まぁそれは別としてだ……アリエッタよ。ようやく私も、あの大樹の秘密に近づいたらしい。それはとても、私の手の及ぶ程のものなどでは無かったという事も、同時に判った気がするがね。」

アリエッタ達の目の前にある筈の大樹は、森ごと消え去ってしまっていた。
後に残された大地は、まるで巨大な隕石が落ちた後のクレーターのようになり果て、まるでそれは、上空から巨大な腕が伸びて、大樹を丸ごと引き抜いてしまったかのようにも見えた。

「じっ……ジグザグマの森はどうなったの!」
「あいつらは自分の縄張りを守ってやがったし、連中にはこっちの森の境界の事も知らせてあった。だから行方不明になった連中とかは出てなかったみてぇだが……そういやあの境界を設定したのは上層部の奴だったな。」

アリエッタとラグラージが、教授の方に顔を向ける。ノクタスは先程から、ラグラージの脇に付いているが、ラグラージとアリエッタが同時に教授の方を向いたのを見ると、あわてて自分も教授の方に顔を向けた。

「どうにもダーテングの指示だったらしい。とはいえ、もっと前から境界と言うものはあったらしくてな。ただの縄張りという訳ではなく、こういった意味が含まれていたのかもしれぬ。」

アリエッタはこの事から、説明が無くても、なんとなく状況を理解しようとしているが、それでも冷静になれずにいる。

「巨大な……ドダイトスがいるという話は聞いた事がある。でもこんな大きなポケモンがいたら、それこそどこかの街が被害になって、自然と人の目に……。」
「さぁな、ここいらは集落やなんやらは多いが、国なんかはそこいらに点々と位置してやがるから、あれだけの図体の奴が何十年か一度にちょっと動いたくらいじゃ、人目に触れても、そんなに広まらんというのが俺の見解だが、詳しい事はよく判らん。」

アリエッタは、これを報告すればそれなりに手柄も取れるというような事を教授に伝えようとしたが、教授の目からは、野望に満ちた光は感じられなかった為、そのまま言い留まった。

「私は……とんでもない力を得ようとしていたらしいな。しかしどうする、ラグラージ、それにノクタス、お前達はもう私の配下ですらない上に、帰るべき場所も失ってしまった。一体これから、どう生きていく。」
「まぁアイツのお陰で助かった訳だから、とりあえずなんとかなるだろ。な、ノクタス。」
「私は司令とならば……ああいえ、階級など無くとも、私は国を出た時から元より、司令の配下ですから。」
「そういえば君達は元々移住民だったな。ははは……なかなかにたくましいじゃないか。」

ラグラージが「アイツ」と口にすると、アリエッタはネイティの事を思い出し、改めて、すっかり巨大な穴ぼこと成り果てた森を見渡した。

「ネイティ……。」

思わずその名前が口から出ると、ラグラージは少し俯くように顔を伏せて、だがすぐに顔を上げて言った。

「俺らに備わってる感覚器官ってーのは、俺らが思ったより優れてるらしい。」

唐突に言われて、アリエッタは不思議そうな顔をして、自分より後方にいるラグラージを振り返った。

「ってのがアイツに……ネイティに教わった事だ。そしてネイティは恐らく、俺等の誰よりもその力に特化してやがった。」
「……感覚器官。」
「だから嬢ちゃん。アンタも、ネイティの事を強く想ってみな。そうしたらアイツはすぐにでも、ここに向かって飛んでくるかもしれねぇぜ。」

アリエッタはこの言葉に、少し心動かされ、そして言われるまま、ネイティの事を想ってみた。

「全部任せたって言ったから、だから。」

この時ラグラージの感覚器官は、周囲に集っていく何かを捕らえていた。
それは何かを探るような、何かを辿っているような、はるか遠くの地より伸びたわずかな希望にも捉えられた。

「だから全部解決して、戻ってきてくれなきゃいけないのよ、貴方は。」

アリエッタも、それと似たような感覚を前方に感じる事が出来るようになっていた。
伸びたそれを、捉えて、そのままアリエッタは、実際のその手を、前方へと伸ばした。

「……ネイティ。」

そしてそれを掴むと、そのまま勢いよく掴み……そして。

「帰って来なさい!ネイティ!」

それを勢いよく、思いきり引っ張り上げた。

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