「彼女はどうやら、この地に戻ってくるらしいぞ、天狗よ。」

真紅の鎧を身に纏う、一見にして三つ頭のその者は、クレーターのようになった森跡からは少し離れた木の上で、同じく木の上に立っている鼻の高い天狗団扇のような手を持った者に尋ねた。

「これで全ての者が、大いなるドダイトスより脱出出来たという事になるのか。」
「そういう事を言っているのではない。良いのか天狗よ。あれは元々、預言者達からの預かり者であろう。」

遠い昔の話。
かの地に降り立った巨大生物を我が手にしようと、とある一人の人間が、真紅の鎧を身に纏いし者を連れて現れた。

「あのネイティは、大いなるドダイトスの活動を休止させない為の、言ってみれば巫女のようなものだ。預言者達から巫女を預かったお前は、あろう事か、その巫女の代替物を私に変え、巫女を自由な世界へ解き放った。」
「私としては、そのつもりだったよ。」

何百年かに一度活動する巨大生物を狩るべく、かの地に降り立った男は、そこに住まう種の者に出会った。

「ネイティは結局、帰るべき地へ戻り、自分自身に答えを付け、巫女たる者の役目を果たし、大いなるドダイトスを目覚めさせた。彼女が解き放たれたのは先程の出来事であり、それまでは私の目の届く所に置いてあったに過ぎないのだよ。」

巨大生物を手にすべく生み出された真紅の鎧は、男の考えを否定したただの種坊に粉砕されてしまった。

「真 の意味で、彼女は自由を手に入れた。ここから先は、彼女の意思が決める事だ。科学者が生み出した戦闘機械である貴様と違って、彼女の生命は限られている。 山一つ動かすのに使ってしまう生命を、世へ羽ばたける為に使えるようにしてやる事が出来たのは、三つ首よ。他ならぬ、貴様の協力も入っておるのだぞ。」
「……そもそも不憫ではないか、そんなもの。私はそれが許せないからそうした。それだけの事だ。」

男は希望を捨て、逃げ去ろうとする所を、目的を失った真紅の鎧に捉えられ、傷つけられ、そのまま遠くへ逃げた。
行き場を失った真紅の鎧の力は、真紅の鎧自身にも制御の効かぬ事であると察した種坊は、巫女の力を流す器官である大樹の根に、鎧を結んだ。
鎧は人間への憎しみを忘れられず、その力の末端は時に、ドダイトスの身の一部である大樹自身より出でる事となり、それはいつしか、おぞましき昔話として語られる事となった。
事が終わった跡で、鎧の意識は元の体に宿り、大樹の循環の中で超自然的な力を手にいれた鎧は、以前よりかは幾分か、生命らしい体を手に入れる事が出来たどうかは、定かではない。

「結局の所、私にはもう生きる理由が無い。大いなるドダイトスの力を得る為に開発された私の主人は、既にその目標を失った。」
「それに関しては、前にも言っただろう。」
「あれから何年経っていると思っている。そんな昔の事は、とうに忘れたわい。」

根に縛られてからも、たまに合間を見て、種は鎧に、話掛けるようにしていた。
その時の記憶をさかのぼるように、三本頭の真紅の鎧は、今一度、種坊ではなく、姿形の変わってしまった天狗へ尋ねたのだ。
そして天狗は、その時の事を忘れてはいなかったらしい。

「目的が無いのならば、それが自由という事だ。目的を決めるという事は、自らを縛るという事だ。自由より出でよ、そこには、おまえの求める真実がある。」

急に強い木枯らしが吹いたかと思えば、木の上に立っていた影が、一つ消えた。
残された機械人形は、真下の方で、再開に涙を流している人間と巫女と、それを取り巻くいくつかの影を一望すると、人工器官からなる不器用な口でニヤリと笑い、誰にも聞こえないように、静かに告げた。

「予言の鳥よ、これよりお前を待つ幾千幾万の事象より、お前を守ってみる事にしよう。それが私なりの答えだ。償いだ。反論は聞かぬ。限り無き命、存分に使わせて貰うぞ。」



「どうしたのネイティ。」

何かを感じたのか、ネイティは虚空を掴むように見渡したが、遠くに見えたいくつかの高い木が目に付いたくらいで、他に

「……ん、なんでもない。それよりアリエッタ。誰か一人、足りないような気がするんだけど。」
「大分無理させちゃったけど、嫌われてないかしら。」

ラグラージとノクタス、そしてアリアドスは、これに首を傾げる。
以前、アリエッタと共に大樹の調査に訪れていた教授には、これに思い当る事があり、周囲を見渡した。
自分達が先ほど通ってきた道筋を教授が辿ると、跡を付けてきていたのか、たまたまその場にいたのかはわからなかったが、一つの影があった。
影はおそるおそる近寄って、アリエッタの顔を見ると、申し訳無さそうに顔を伏せた。
アリエッタはそれに応じて、その者の近くへ歩み寄った

「キキバナ、渡すものがあるわ。」

唐突に話し掛けられたので、少し戸惑ってから、アリエッタの投げたボール状の物体を目で追った。
それはキキバナの前に落ち、その場で動かなくなり、キキバナもそれを見て、少し動かなくなった。

「……どういうつもり。」
「勝手な話よね、一度野生に還した子を、また捕まえようなんて、都合のいい話よ。」

キキバナは少し迷った後で、すぐさまボールに鼻をぶつけ、そのまま勢いよくキャプチャーネットが開いたかと思うと、次の瞬間には、既にキキバナはボールの中に納まっていた。
真っ先に驚いたのはアリエッタだった。

「なっ……!」

声にならない声の後、再びボールが開き、中からキキバナが現れた。
風貌や格好はボールに入る前とは、特に何も変わっている様子は無かったが、あえて言うのならば、少しすっきりしたような面持ちになっていたという事だろうか。

「だるいわね。野生に還すとか還さないとか、いちいち面倒よ。こんな球っころで私達の意思や信念が拘束されているなんて、馬鹿らしい話よ。」
「……そ、そういうもの、なの?」

驚いたアリエッタに応じて、キキバナが続ける。

「馬鹿じゃないのあんた。ほんと馬鹿。こんなモノが無くたってさ、ずっと一緒にいたんだから、離れても友達に決まってるじゃない……。ほんと、本当に馬鹿なんだから。」
「……キキバナ。」

俯いて話したので、その表情は定かではなかったが、キキバナはそのまま手で顔を拭うようにこすると、顔を上げてこう言った。
そこには涙一つ浮かべてはいなかった。

「連れていきたきゃ連れていきなさいよ。アンタがいないと落ち着かないのよ。飽きて、それでいて退屈なの。わかった?」
「……キキバナ。」

キキバナの声に、アリエッタはしばらく無言でいたので、これに気圧されるようにして少し怯んだキキバナの隙を突いたかのように、アリエッタはキキバナに飛び掛かった。

「キキバナー!」
「ちょ……ちょっとアリエッタ!恥ずかしいから……もう……し、仕方ない子ね。」

キキバナの分も涙を流すように、抱き付いたアリエッタは、周囲の反応も特に気にせず、そのままボロボロと泣いていた。
あまりの抱擁に苦しそうにするキキバナが、なんとかそれを告げる。

「そ……それはそれとして、もうひとつお願いがあるんだけど。」
「ぐず……う、うぇ?なにかしら?」
「いやちょっと、一緒に連れて行きたい子がいるんだけど……。」

キキバナが辺りを見渡してから、そこに隠れている者がいる事に気付くのは早かった。
その者は隠れている事に気付かれていた事に、自分自身で気付いた後で更に身を隠したが、その場に叩き込まれた二度の蹴りの後で、ずるずると伸びた格好のまま、キキバナに尻尾を捕まれ、引きずり出された。
キキバナによる簡単な紹介の後、その者に見覚えのあったアリエッタはすぐさまそれを理解し、怖がっているその者をなだめるつもりで頭を撫でると、その者はそれに少しにやついたような顔になり、再びそこへ二回蹴りが入る事となった。

「うう……き、キキちゃん、なんか威力が上がっているような気がするんだけど。」
「そりゃそうよ、私も少しは成長したんだから。ね、アリエッタ。」
「ははは……こ、これから宜しくね、ヘッグ君。」
「はい、宜しくお願いします。アリエッタ様。」

いつの間にやら様付けになっている事から、次に再びの二回蹴りが入る事は、この場の誰もが予測出来た事であったろう。

長きに渡る戦いが終わりを告げたかのように、周囲が安堵に包まれる中、ネイティだけが少し、憂いを秘めた表情で虚空を見つめていた。

「……。」

その瞳は未来を見ているようで、過去を見ているようで、あるいは今流れるこの一時を見届けているかのようにも見えた。

彼女がこれからどういった未来を辿るのか。
彼女はこれからどういった過去を作るのか。

それを見届ける覚悟が、彼女には備わっていた。

故に彼女は、羽ばたく事を望んだ。

 

<了>

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