《第一部 第序章 第一話『血色の月』》

「……戦闘、終了」

戦闘時間は二五分程か。手持ちのポケモン全てを出してしまえばもう少し早く終わっただろうか。
声を出した拍子に、口にくわえていた棒状をした特殊硝子製の透明な小さい笛が滑り落ち、合計で六つある細い鎖によって繋がれた笛同士が軽く接触り(あたり)、首下で小さく涼しげな音が響く。
全てで、というのは無理な話か。この場所を出来る限り荒らさないように依頼されていたのだから。
何気なしに、空を見上げてみる。
戦闘中に太陽は西に落ちたようで、代わりに分厚い黒雲の隙間から月が覗いている。
血のように赫い月が。
夜闇に包まれた花畑に響く、クチャ、クチャ、グチャ――という咀嚼音。ズズッ――と何かを啜る音、バキッボキッグチャガリッ――硬い物を砕く音。

「……ふむ」

最近はあまり聞くことはなかった、獲物を貪る音を聞きながら今回の依頼の内容をもう一度思い返す。
シンオウ地方の西、此処『鮮やかに華香る町』ソノオタウンでは花畑を観光する者たちが多く訪れる。
既に十月に入ったが【花釣舟草・オリエンタルユリ・北鋸草・蝦夷河原松葉】等、様々な花が咲き誇っている……らしいが、私には見分けがつかない。とにかく、数え切れない程の花が一面に咲いているのは事実だ。
私は花畑には興味は無い、無いが、先程までの花畑の状況は観光客が、更にはこの町の者達が望む状態では無かった事は、理解出来るし、依頼を受けた時に聞いてもいる。
今この場には甘い、様々な花の匂いに混じり、鉄錆(てつさび)のような臭い――私は既に何も感じなくなってしまったが、この臭いに慣れていない者には耐え 難いであろう臭気――が満ちている。が、しかし時が経てば霧散してゆく、無視して良い、だろう。一部焦げ臭さもあるがこれも無視しよう。
さて、今回の依頼の対象であった物は……。
……む。

「ルシア、フレアッ! 喰って良いのは首から下だ」

流石に問題であった物が残骸すら消えてしまったら報酬がなくなってしまう。
私のポケモン――鎧のように硬い体を持ち、体色は薄灰緑色の大型の怪獣型ポケモン【バンギラスのルシア】と、炎のように揺らめく尾を持ち、体色は橙色の哺 乳類型ポケモン【ブースターのフレア】が喰べている物と、花畑の中心に一本在る大木の影に転がる物が、今回の【問題】であったもの、
――身体の中心部、拳大程の大きさで縁(ふち)の炭化した貫通傷により絶命した、大型の鳥の姿をしたポケモン【ピジョット】
――頸椎を噛み砕かれ絶命した、腹部に真円の模様を持つ熊の姿をしたポケモン【リングマ】
――私の左手に握られている四四口径の回転式拳銃により打ち抜かれ絶命した、黄色い身体に稲妻のような尾を持つネズミの姿(と一般的に言われているが、私にはネズミには見えない)をしたポケモン【ピカチュウ】。この三匹。
この三匹はトレーナーとその手持ちポケモンを襲い、その結果、ポケモン協会によって『害獣』と認定され、私達に駆除依頼が来た。

「……ふむ」

しかしこの『害獣』、戦闘して理解ったがかなり鍛えられていた。
トレーナーに『逃がす』という名目で『捨てられた』のだろうか、それとも『逃げてきた』か、どちらにしても並の野生のポケモンではなかった。
まあ、「だからどうした」と言われればそれまでだが。
……さて、後始末をしなければ。
私は持っていた拳銃をホルスターに仕舞うと、着ているコートのポケットに持ってきていた黒いビニール袋を振り回し袋の口を開きながら歩を進める。
こういった時、左腕しかないのは不便だ。
私はまず木の下に転がるピカチュウ――だった物を拾い上げると袋の中に入れ、次にフレアとルシアが食べている辺りに行く。
なにやら、土を掘り返していた二匹が近寄って来る。

「喰べ終わったか」

二匹の肯定の鳴き声を聞きながら、「今日の二匹の餌は無くて良いな」そんなことを思いながら、フレアが引きずり、ルシアが抱えてきた文字通り『害獣の首』を袋に入れ、袋の口を縛る。……やはり片腕しかないのは辛い。結べん。
若干苦戦しつつもどうに結び終える。

「ふむ。帰るか」

依頼の内容は害獣三匹の駆除、後はセンターに行き確認してもらい、依頼者から報酬を受け取れば良い。
二匹の血に濡れた口元を缶入りのミネラルウォーター(商品名はおいしいみず、だったか)で洗い流し、艶の無い黒色の球体――ハイパーボール――に戻すと、 私は花畑の出口へと歩き始める。
所々地面が抉れているが構わないだろう。
二匹の喰べ残しも若干残っているかもしれないが、……構わないか。


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