《第一部 第序章 第五話『薄墨色の影』》


「ご用件は何ですか?」
中央のカウンターに着くと、中に居た白衣を着た妙齢の女医、通称(と言っても、主に年齢の低いトレーナーが呼ぶのだが。)――ジョーイさんが私に言う。
因みに、先程の女と違いハッキリとした声で。
「回復と宿泊手続きを頼む」
腰のベルトに六個付けていたテニスボールほどの大きさの球体――ハイパーボール――それを五個差し出し私が言うと、女医はベルトに残った一個を見て言う。
「そちらのボールのポケモンは回復させなくてよろしいんですか?」
「ああ。こいつはいい。手が必要でな」
女医はイマイチわからない、という表情だが、淀みなくこう言った。
「そうですか。回復は無料ですが、宿泊のコースはどうなさいますか?」

ポケモンセンター。
様々な用途の有る施設であるが、主にポケモンの治療及び体力の回復と、トレーナーの寝床を提供する場所である。ポケモントレーナーの身分証『トレーナーカード』も此処で料金等を払うことで発行される。
レストランなども併設されているので、旅をしているポケモントレーナー達がよく訪れる。
「これで頼む」
私はコートの内ポケットに適当に入れていた長方形の和紙、一万円札をカウンターに置く。
『トレーナーカード』には電子マネーの機能があり、釣り銭の小銭はそれにチャージしてしまえば良いので私は特に財布を持ち歩かない。
賞金を賭けてのバトル等でこのカード以外での金銭の取引は禁止されている。まぁ、使った履歴も残るので現金を持ち歩く私の様な者も存在するが。
此処では宿泊手続きのさいに最大で一万円までの料金を払う事により、何も払わないよりは良いサービスを受ける事が出来る。
「一万円のお部屋の鍵になります。回復には二時間ほどかかりますので、部屋のシャワー等、ご自由にお使いくださいませ」
女医は番号の記されたカードキーを差し出しながら言った。
「感謝する」
……二時間か。まぁシャワーを浴びる時間はあるな。
私は宿泊用の部屋が有る、フロアへと歩を進める。



赤い絨毯の敷かれたそれなりに広い(人が四人は横に広がって歩ける。)廊下を私は歩いている。
宿泊客はやはり多く無いようで、両側に等間隔に有るドアの向こうに生物の気配が少ない。
……ん、此処か。
先程渡されたカードキーに記された数字と同じ数字が刻印されたドアノブの無い、暗い色をした金属製の扉。
そのすぐ左側に有る読み込み機に、カードキーを滑らす。
すると、明るい電子音と伴に扉が右にスライドし、部屋への入り口が開かれた。
部屋へと足を踏み入れ、私の左目に最初に入ったのはキングサイズのベッド。
だがそれにはまだ用は無い。
私はベッドの近くに設置されたパソコンを操作し“どうぐあずかりシステム”と呼ばれる、物質転送システムを呼び出す。
このシステムは、物質を電子化がどうのこうの言う小難しい原理で動いており、私には理解できない。使うことができれば別に構わないが。
取り出し口から着替えである、黒いシャツとズボンを取り出すと同時、腰に付けたハイパーボールから黄色い閃光が放たれ、中に入っていた生物――ポケモン――の姿が形作られた。
「……アスタルテ、何故貴様は何時もタイミングよく出て来る」
ボールから出て来て笑っている、大きな口と本体から離れ浮いている二つの手を持つ、薄墨色をした幽霊型のポケモン――ゴーストのアスタルテ――。
このアスタルテ、色違いと呼ばれる特殊個体で、通常個体と違い体色が薄く、口の中が青い。
因みにこの色違い、能力的には通常個体と何ら違いは無いが、珍しい、という理由で高値で売買されている。
私は未だに何故か笑い声をあげているアスタルテに声をかける。

「行くぞ。……そろそろ笑い終われ」

シャワーを浴びにアスタルテを連れ、部屋の奥のシャワールームへと向かう。
 


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