《第一部 第序章 第八話『ポケモン』》



「ドラゴンダイブ、エナジーボール」

先制。
開始と同時、私はバックステップで距離を取りながら二匹――メテオとアスタルテ――に指示を出す。
指示を受けた二匹は、すぐさま攻撃体制へと移行。
メテオは腰を落とし、両脚に力を込める。
アスタルテは右手に濃緑色の球体を生成。
私は二匹の攻撃準備の終了を確認し、首に下げている六つの笛の内、透明な物をくわえ、吹く。
響く音は短く小さい。……しかし良く通る。――攻撃の合図。
刹那、笛の音をかき消す轟音。
メテオが大地を蹴り、ルシアに向かい、文字通り頭から飛び込んでいる。
一方アスタルテはと言うと、右手に創り出した球体をフレアに向かい放っているのを視界の端に捉える。
本来なら攻撃対象は逆にした方が、タイプ相性的に定石かもしれない。
しかし、ドラゴンダイブは破壊力が大きい分、狙いが大雑把になる為、小型なフレアを狙うには向かない。
故にメテオは、大型で(この中では)動きの速くないルシアを狙う。
フレアは近・中・遠距離を戦えはするが、どちらかと言えば近距離での戦闘を得意とする。
故に、中距離での戦闘の得意なアスタルテがフレアを狙う。
私の指示は命令では無い。その指示が間違っていると判断されれば容易に指示とは違う行動をとるだろう。
狙う相手もそう。あくまで指示は簡潔に。あとはそれぞれの判断に任せる。
一つの砲弾と化したメテオは大気を裂くように空を翔る。
纏う気は竜。色は蒼に橙。
アスタルテの放った濃緑色の球体は真っ直ぐとフレアへ迫る。
司る気は草。
ルシアの移動速度は速くない。
故に、メテオの突撃を真正面から受ける。
直後、衝突により響き渡る『甲高い(かんだかい)』不快音。
立ち込める土煙。
その空間に微かな違和感。

「ッ防御。右」

ルシアの移動速度は速くない。
しかし反応速度、攻撃速度共にこの中の何者にも劣らない。
出来るだけ簡潔にメテオに指示を出す。
メテオはすぐさま反応。
私の指示に微塵の不信を見せず、不安定な体勢の中、上体を捻り両腕を右側に出す。
瞬間、濛々(もうもう)とした空間を裂くように現れた『尾』がメテオを打つ。
纏う色は漆黒。司る気は悪。
現れたのはメテオから見て『右』。
並みのポケモンならば背骨を砕く一撃。
防御したとはいえ、ただでさえ不安定な体勢を横殴りにされたメテオは、バトルフィールドを転がる。
土のフィールドなので外傷の心配は少ない。
すかさず、ルシアの追撃……は来ない。
頭に手を当て軽く呻いている。
これは当然。
――ドラゴンダイブを受けたのは頭。
衝突時に響いた不快音は金属が擦れるような甲高いもの。
恐らくアイアンヘッド。鋼の気を頭に纏い、その硬度で相手を粉砕する『わざ』。
それにより受け止め、半ば反射的に尾によるしっぺがえし(反撃)。
しかし外傷は抑えたが、衝撃により『ひるんだ』。――
視界の外から熱気。
形容詞や比喩表現ではなく、純粋な熱。
メテオ達に気を取られた刹那の内、フィールドの一角に直径三○CM程の紅蓮の空間が出現している。
アスタルテの放った球体は既に無い。
フレアに目立った外傷が確認できない為、あの灼熱の空間により消滅した、と判断。――恐らくはひのこ(火の粉)。司るは炎。
アスタルテに指示を出そうとした口を開いた瞬間、フレアが地を蹴り此方に向かい駆けてくる。
距離は二○m。
序で(ついで)と言わんかのように口元から炎を生成。アスタルテに鞭の様に細長い炎を放つ。
炎はアスタルテに蛇の様に絡みつく。
――でんこうせっか(電光石火)、単純な身体能力強化、特に速度に重点を置く。単純だが速い。司る気は無。
――ほのおのうず(炎の渦)。司る気は炎。
メテオのドラゴンダイブが砲弾なら此方は弾丸。
ほのおのうずは恐らく足止め。
狙いは……私。

「サイコキネシス」

炎に喘ぐアスタルテに指示を出しつつ、回避運動に入る。
迫るのは牙。
黒き光を纏った鋭利なナイフ。―――かみつく(噛み付く)。
まともに食らえば肉を抉(えぐ)られる。
……しかし、軌道が甘い。
アスタルテの追撃が来る前に終わらせたいのか、直線的に駆けてくる。
フレアが飛びかかってきた瞬間、右足を半歩後ろに出し体を捻る。
右腕が私の体に存在していたならば食い千切られていたであろう、紙一重の動きでの回避。
結果、生まれる反撃の好機(チャンス)。
掌底を横腹に叩きつける。
革手袋越しに感じる柔らかい感触。
左目に映るのは飛んでいき転がるフレア。
しかしこの程度では、野生や、何の訓練もしていないペットショップに居る者でも死なないのが『ポケットモンスター』と呼ばれる生物である。
ポケットモンスター、通称『ポケモン』と呼ばれる生物と通常の生物との最大の違いは『ボール』という器具に入る事が出来る。という点が上げられる。
安価な『モンスターボール』から捕獲率百%を謳い文句にする『マスターボール』等様々な種類が在るが、大雑把に言えば効果は一点のみ。
ポケモンが操る気を封じ込めるという一点。
エネルギー、気、パワーポイント、魔力、様々な呼ばれ方があるが(私は気と呼ぶ。)、これがポケモンと呼ばれる生物を『ポケモン』としている根源であると言われている。要するにポケモンの生命力そのもの。
これにより、過剰なまでの環境適応と学習能力、人間並み(或いはそれ以上の)長命さ、そして『わざ』の発現を可能にしている、らしい。
ボールが封じるのはこの内『わざ』の気で、ボールの機構である『キャプチャーネット』と言う糸状の物質に絡め取られたポケモンは、『わざ』の使用を封じられ己の肉体の力で逃れなければならない。
……さて、そろそろアスタルテも体勢を直した頃か。
既にメテオは攻撃体勢に入っている。
地に転がったフレアがすぐさま体勢を整え終わるのを見ながら、アスタルテを視界の端に入れる。
フレアもルシアも大した傷は無く、油断無く此方の動きを伺っている。
戦闘開始からまだ九〇秒程。
さて、何時頃終わるだろうか。


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