第一章第一話『案山子の日常』 「あ゛ー……腹減った」 現在午後四時。缶ビールの空き缶やら、昨日食べたカップラーメンの空容器やら書類やらが無秩序に乗ったスチールの机に俺は突っ伏しながらごちる。玄関でもないのに自動ドアのある自宅の一室、であり、まぁ俺の会社の事務所の中で。ちなみに此処は土足。 産まれてこのかた四七年、料理に洗濯、掃除などの家事は人並み以下にしかしたことがない。 先 程面倒なのを我慢して、俺でも作れそうなインスタント食品が無いかとこの事務所の奥の居住スペースにエルレイドを行かせてあさらせてみたがものの見事に何 も無かったらしく、白い体をしょんぼりさせながらペットボトルのミネラルウォーター一本とイチゴジャムを一瓶持ってきた。 なんだかその場で正座して肘の刃で切腹とかしそうな雰囲気と性格なのですぐさま紅白の球――モンスターボール――に戻したが。 そのすぐ後には、奥にある扉の向こうからなにやらゴンッやらドンッとかいう鈍い音が響いたと思うと胴長短足黄色いポケモン――デンリュウ――が目に涙を溜 めながら走ってくる。洗濯で何であんな音がするんだと思いながら面倒なので何も聞かず(聞いてもわからんし。)ボールに戻した。 さて、見た目殺し屋な隻腕隻眼の大男がたった数日此処を空けただけでこの惨状。というか、その大男の次に家事が出来るのが小学六年生と僅差で高校二年生の女の子って時点で此処、終わってねえか? ああ。サナのムウマもそれなりに出来たな。 などと考えていると、 「ん〜。おコタは魔性だね〜」 「あー、サナ。一応仕事場なんで此処。なんでコタツでみかん食べながらボーっとしてんだおい。てかみかん寄越せ」 事務所扱いの部屋のコンクリート打ちっぱなしの床に何故かコタツが設置され、それに入って(ご丁寧にブーツは脱いでるな。)「最後の一個だからダメー」とか返してくるのは、女。 顔立ちは、男が一〇人居れば四〜五人は可愛いとか綺麗とか言いそうなまぁ可もなく不可もなく。しかし実際外を歩けば一〇人の人間が一〇人振り向くだろう。それは美や醜などではなく、奇でだが。 髪は雪のように白銀。それを背中の中程まで伸ばしている。肌は透き通るように、一度の陽光も浴びたことの無いかのように純白。瞳は光の加減では紅く。動物で例えれば白兎、だな。 要するにアルビノ。先天的に色素がない、作れない。 名はカスミモリ サナ(霞森 沙名)。社員の一人。自称三二歳の娘もち。俺は絶対にもっと若いと思っているが面倒なので詮索する気はない。 んで、 「サナ。お前なんか作れっか?」 「材料があればお菓子作るよー」 「ぶっちゃけ何も無いから買って来い」 「ボクは雨の日はできるだけ家に居たいんだよねーこれが」 童顔な上にこんな感じの口調。絶対三二ではない。 机に突っ伏しながらそんな会話をし、あー今雨降ってるのか、なんか嫌な予感がするなぁ。一年位前の雨の日にアイツが結構深刻な問題を犬猫を拾う感覚で持ってきたし。こういう悪い予感って当たるんだよなぁ何故か。などと思う。 と、机の上にあるので必然的にゴミに埋もれたテレビ電話が気の抜けた電子音で着信を告げる。 「あぁはい。こちら庭の草むしりからVIPの暗殺まで何でもこなす便利屋『スケアクロウ』ですが、そちらは?」 「ふふ。暗殺までやっているとは知らなかったな。頭の固いジジイ共も可能かい?」 「冗談にマジメっぽい冗談で返すな。面倒くせえ」 「あはは。すまないね」とか笑っている初老の男、ポケモン協会理事。結構古くからの友人だったりする。まぁ最初は上司みたいなもんだったが。 しかし何の用だ? 協会名義で害獣駆除を二〜三日前に受けたばかりだし、私用なら協会の電話は使わない男だ。駆除に向かったアイツ、オニツカ リンドウ(鬼束 竜瞳)が何かしたのか? それだとしたら面倒くさいな。 「で、用件なんだけど、リンドウくんから聞いて――」 「あー待て。アイツまだ帰ってきてないわ」 「――いるのとは関係ないんだけど。ってそうか帰ってきてないのか」 面倒くせぇ。が今更言ってもしょうがない。コイツはそういう人間だ。先を促す。 「まあ、また仕事の依頼なんだ。三つあるけどどれが良い?」 「何もしなくても金が貰えるのがあればそれで。無ければ案山子(かかし)のように立ってるだけで金が貰えるので」 「人探しとポケモン探しと子守。どれが良い? ちなみに報酬は全部一〇〇万で」 「協会はどんだけ人不足なんだよ。……全部受ければ三〇〇万か?」 たまにあるこの男の紹介の仕事は報酬の額が高い。駆除の依頼料はこっちで決めて良かったし。だったら出来るだけ受けておきたい。 「別 にかまわないが、人とポケモンは探し出してくれないと報酬なしだよ。経費はこっちで持つけど。ポケモンはジョウト、人はホウエンで。子守は第三金、土、日 曜の三日間。最低リンドウくんとサナくんとケンタくん。できたらソフィーアくんとハルネくんが居てくれるとありがたい」 「俺以外全員かおい」 そうすると捜索は不可だな。なんか今月は仕事以外の予定が多いし。そもそもこういう何かありそうな捜索系はサナが得意なことだし。一人では無理だろうしやらないだろう。訊くのが面倒だから勝手に決める。 駆除の報酬三〇〇万があるし、今回は一つで良いか。 「じゃあ子守だけで。詳細話せや」 「それを選ぶと思ってもうムクホークに書類持たせて飛ばしてるからそろそろ着くと思うよ」 「なんか掌で踊らされてる感じがして気持ち悪いが。……飛ばしたってこの天気の中か。……軽く虐待だよな」 雨降ってるらしいし。一〇月は結構寒いぞ。 しかし理事は顔色一つ変えず、むしろ薄く笑いながら、 「訓練だ特訓だ。って言って限界も見極めず無茶させて死なせる一部のトレーナーがやらせていることよりは遥かに軽いよ。というか自分から書類持って飛んでったんだがね」 そうですか。とりあえずその書類が濡れてないことを祈る。 「まあ遅刻は厳禁だから。破ったらタダ働きでよろしくアマツ」 と、言い残し通話が切られる。まあ一〇分くらいの話だったろうか、その間にサナはテレビの電源つけてそれを眺めていたようで、そらをとぶ(空を飛ぶ)をバッチ無しで発動させた一〇代とみられる少年が墜落死したとかいうニュースが聞こえる。 しかし腹が減った。昼飯食べてないし。 そんな感じで再度ダラケていると、自動ドアが開き小さな人影と大きな人影が入って来た。 |