第五話『腹黒娘は案山子(変人)たちの住処(すみか)でどんな表情(かお)をする?』 「名前は決まりましたけど苗字はどうします?」 何故わたしはこんなよくわからない場所にいるのだろう。下に置かれた柔らかいクッションに座りながらパラパラと均一に火の通った、黄金(こがね)に輝く チャーハンを口に運び、カクレオンと呼ばれる黄緑色をした二足歩行のカメレオンのようなポケモンを抱いた金髪碧眼の女性の言葉を聞きながら考える。うん、 このチャーハン美味しい。 女性のカクレオン、隻腕の男の色違いのゴースト、白い女性のムウマの三匹以外、わたしのプクリンやヴァルキリー、―― 今はアキラか――の手持ち六匹も含めエサを食べる為の部屋にボールごと連れて行かれた。その部屋が何処にあるか知らないが。まぁもう一匹持っているので何 かあっても平気だろう。 この人間たちを信用はしていない。が、別に名前がナナとなり、苗字を決められるのも不快ではない。施設に居た頃はダブルセブンなどと呼ばれていたのだから。 名前は呼ばれた本人が自分だとわかれば良い。 その考えは変わらない。たとえその名を嫌悪していようとも。『名前』として呼んでくれるならば。……できたら好きでいられる名前が良いけど。……プクリンは特に名前を気にしない性質(たち)のようだけれど。 しかし、広い通りから外れた場所に建っている三階建てで大きな庭がある建物の中で、お世辞にも『普通』には見えない人間たちに囲まれているんだろう。……まぁ、わたしも普通ではないのかもしれないが。 「今度こそリンちゃんの名前からとりたいな☆」 右手に持ったレンゲをクルクルと回しながら白い女性が楽しそうにニコニコと笑い、そう言っているのを聞きながら此処、便利屋≪スケアクロウ≫に来ることになった時のことを思い出してみる。 そこは殺人鬼、殺戮者、聖人、狂人、凡人、金持ち、貧乏人、だろうとなんだろうがとりあえずは力になってくれる、そう有名な場所らしい。 表も裏の世界も不可侵が暗黙のルールとなっている。とさえ噂されている。 ……全てわたしを逃がしたあの若い研究員の受け売りだけれども。 わたしを担当していた若い、まだ二二だと言っていた男、ユウ。彼はわたしを庇った時に負った傷が原因で、そこを見つけた時にはもう何時死んでもおかしくない状態で、間も無く死んだ。 それは別に構わない。特に親しかったわけでもないし。勝手に盛り上がって勝手に舞台から滑り落ちた。ただそれだけ。問題はまだわたしが残っている、この一点。成功体のような能力も超人的な身体能力も無いわたしにどう生き残れ、というのだろう。 施設から脱走し、『そこ』――ヒトトセという夫婦が経営している診療所――に逃げ込んだわたしは途方にくれた。 わたしを迎えてくれた初老の夫婦――ヒトトセ夫妻――は「これまた変なのが」などと言いながらユウの死体の後始末やわたしの怪我(軽傷だったけれど。)の 手当て、食事や服まで用意してくれた。温かい、湯気がほやほやと上るお味噌汁は施設で食べていた栄養バランスのみしか考えられていない味気の無い食事の何 倍も美味しかった。 匿ってもらっておいておきながら、わたしが、何故見るからに怪しい人間まで親切にしてくれるのか、と聞くと「助けて。と言っ て来た人間を見捨てられないでしょう」と妻の方に笑顔で返された。多分良い人間なのだな、長生きできるタイプじゃないな、と思った。口には出さなかったけ れども。 事情をかいつまんで説明した後、改めて最悪な状況ということを再認してしまい頭を抱えたくなった。 ソルジャー達は一対一なら ばまだなんとかなる。でもヴァルキリーも逃げ出したはずだ。ならばナイト、もしかしたらバーサーカー達も出張ってくるかもしれない。そうなればまずわたし は死ぬ。捕らえられて実験に使われるかもしれないがそれも結果は変わらない。最悪輪姦(まわ)される可能性も無いわけじゃない。まぁそのときは自分で死の う。……結局死ぬことにかわりないじゃない。 とりあえず、と夫の方がポケモン協会に保護してもらえないか掛け合ってくれる、そういったことを 言ってくれた後、わたしは張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、座っていたソファに倒れこんだ。夫の方の「あー疲れてたみたいだしな」という言葉と妻の方 の「入院用のベッドでいいわよね?」という会話を適度な柔らかさに身を預けながら聞き、そういえばなんで逃げ込んだ時はまだ診察時間だったのにこの二人は 白衣ではなかったんだろう、と沈んでいく意識の中で考えていた。 「んー。じゃあリンにぃの『竜』の字とか?」 「『鬼』の方でも良いんちゃう?」 過去に沈んだ思考を浮上させたのはそんな言葉。 栗色の髪をした女の子と赤い髪の男がチャーハンをほおばりながら提案する。 『リンにぃ』と呼ばれた黒衣の男はアキラと共に会話には参加せず黙々と食事を続けている。 黒衣の二人を放って、「やっぱり『瞳』って漢字いれようよ☆」や「どんな読み方で入れんの? なんかそういう苗字なさそうやけど」など皆(白、赤、金、栗色の四人)で楽しそうにあーだこーだと話し合いは続く。 「『鬼』と『竜』を合わせて『鬼竜(きりゅう)』はどうですか?」 いろいろな案が出た後。そう、わたしに視線を向けながら金髪碧眼の女性が言う。 音は良い。けれど漢字をもう少し普通にしてほしい、かな。 なので、 「音はそのままで、漢字を『鬼』と『柳』で『鬼柳(きりゅう)』というのはどうですか?」 質問に質問で返してみた。こんな苗字があるかは知らないが。 ……。……あれ? ……なぜ静寂が生まれるんだろう。変なことを言ってしまったのだろうか? などど、ちょっと発言したことを後悔し始めていると、 「苗字は『鬼柳(きりゅう)』に決定ーッ☆ みんな拍手ー♪」 固く握った右拳を高く突き上げ白い女性が叫んだ。レンゲは握ったまま。 「いぇー!!」 「おー!!」 続いて、赤、金、栗色の髪をした人たちが拳を突き上げる。とりあえずわたしも参加しておく。「いぇー」。アキラはなんだかわかっていないように小首を傾げ ているが、黒衣の男が「貴様とナナの苗字の話だ」と無表情に言うと、はにかむように、よく見なければわからないほどに微かに、包帯に覆われていない右目を 細めて笑って「ん」と返していた。何故だか知らないがあの男に懐いてる? ……趣味の悪い。 「じゃあ、その名前で戸籍造っちゃうね。ちょと時間がかかるかもだけど」 「え、あ、はい。おねがいします」 戸籍ってそんなに簡単に作れるものなのだろうか。この混沌とした空間で一番普通に思えていた少女の、なんでもない、と言うような口調で言われた事の内容に内心首を傾げる。 「あ、ハルちゃん。ボクの造りかけがあるからそれ使って良いよ☆ 一からやるより早いでしょ★」 「やった。ありがとッママ」 「ふふー。いっぱい有るから一つや二つくらい良いよー☆」と白い女性は満面の笑顔で言う。うん。此処ではわたしが知っている常識というものは間違っているのだろう。此処は、なんというか、異常なのだろう。あそことはまた違う次元で。 実感のない、入力された(知っている)だけの常識に照らし合わせて、わたしはそう思う。 名前が決まって一段落、という雰囲気が流れる。その雰囲気の中、金髪の女性が何気なく栗色の髪の少女に、 「そういえばハルちゃんは何に出るんですか? 日曜日」 話しかけた。 「あぁ、『家族ダブルバトル』なんだけどね、相手役のナッちゃんと連絡つかないんだよね。今日はなんか親戚の結婚式とかで休んでたんだけど」 「結構希望者がいてさ、あたしがくじびきで見事にアタリを引き当てたってメールしたんだけど返ってこないし……」とショボンと栗毛の少女は項垂れる。 なんだか重く感じる雰囲気が漂う中、黒衣の男がそんな空気は全く意に介さず、「ああ」、と、たった今思い出した、という感じの平坦な口調で、 「カンザキ ナツキならばヒトトセの所で会ったぞ。交通事故で姉が入院したそうだ」 「ポケギアも砕けたそうなので伝言を頼まれていたのを忘れていた」と男は続け、何だか知らないが、「日曜日は、父親は仕事、母親は姉の付き添いと心労で体調的にギリギリなので来れない。だそうだ」と、そう言った後、何も無かったかのようにまた黙り込んだ。 僅かな沈黙。 その後で、 「そういう大事なことは忘れないでッ!!」 どっかーん、と効果音をつけたくなる少女の怒号が響いた。 ……『ヒトトセの所で会った』ということは、『姉』というのはわたしが逃げ込んだ次の日の午後、お昼時を過ぎた二時くらいにヒトトセ夫婦が血相変えて運んできた少女のことだろうか。 「うるせぇよ、ハル」 「なに騒いでんだよ面倒くせえ」と、白くなった髪の混じった濃い茶色の髪を掻きながら、男――マヒロが戻ってきた。 むぅと唸ったあと、少女は説明する。 一通り話を聞いたマヒロは、 「あー、まぁヒトトセんとこなら基本的に大丈夫だろ。気合だけでもってるようなのでなきゃアイツら治すし。重傷なら結構な割合で全快だ。」 重体じゃなければ、という意味だろうか? くたびれた暗灰色のスーツを着た男(マヒロ)は黒衣の男に向かい「んでリンドウ、どんな感じだったんだ?」と問う。 黒衣の男は、「姉は重傷、妹は軽傷、母親も軽傷、だったな」と答えた。無表情に。 「じゃあ平気だろ。ハル、お前も知ってんだろ、腕だけは良いんだアイツら。サナも特に後遺症とか傷跡とか残ってないだろ?」 「まあ、伝言をコイツに頼むってのは感心しないがな」とマヒロは面倒くさそうに苦く笑う。 少女はこれまた苦い表情で、 「んーまぁ、あの二人なら心配はないけど……。こんな大事なこと忘れてたってのはちょっと……」 「リンドウ。なんかハルの奴怒ってる。謝っときッ。怖いから」 「すまん」 テーブルに乗り出した赤い髪の男の、少し声量を抑えた、でも筒抜けな耳打ちを受けた黒衣の男はそう一言謝罪した。無表情で平坦な口調で。 「もうちょい感情込めんかいッ。このアホリンドウ」 パシン、と、赤髪の男が軽く黒の男に頭を叩く(はたく)。 黒衣の男……なんだか『リンドウ』『リンドウ』と呼ばれているのでリンドウなのだろう――は「込めているつもりなのだが」などと左手で頭を押さえながら、感情の一片も汲み取れない声と表情で返す。 「リンちゃんは表情固いからねぇ☆ こうニパッと笑えない?♪」 サングラス越しでもわかるくらいに、楽しそうに白い女がにぱーと笑う。……何故部屋の中でサングラスなんだろうか、そういえば。 「ふむ。笑えないことも無いぞ」 「こうすれば良いのだろう」と、リンドウはそう無表情に呟くと、その後、『笑った』。否。『微笑んだ』。 「「「「「ッ!?」」」」」 わたしとアキラ以外の全員が息を呑んだ。ついでに言えばこの場に居たポケモン、ゴースト、カクレオン、ムウマの三匹も。 眼前の黒衣の大男。殺意でも篭っているのかと思う程に鋭すぎる目つきは鳴りを潜め、涼やかな色を浮かべ。真横に引き伸ばされ常に不機嫌に見えた口元は薄く妖しげな微笑を湛える。引き込まれそうに艶かしい、けれど冷たい、仮面のように綺麗な微笑み。 「このアホリンドウッ! やればできるやないか!」 「わぁ。カッコいいですリンドウさんッ」 「そんな顔できるならもっと早くにやってよ!」 「あー、なんていうか、……ああいいや。言うの面倒くせえ」 「あらぁ……」 皆、様々な反応でリンドウに話しかける。が、白い女が声にならない程の……いや声にもなっていない唇の動きで「苦労したのね」と言っているように見えたのはわたしだけなのだろう。 「疲れるのであまりこれはしたくないのだが」 と、また無表情に戻る。「此方(こちら)の方が感情は込めていないのだが」と呟いたのは誰も聞いていないようだ。いや、マヒロは気が付いているのだろうか。赤白栗金色の四人はテンション高く先程の微笑について語り合っているが。 一度、よく見てみる。――リンドウ。どんな偶然か、午後に担ぎ込んだ少女の手術が無事終了し、ヒトトセの夫の方がポケモン協会の理事に連絡を取っていた最中にヴァルキリー――アキラを連れてきた隻腕隻眼、長身長髪、全身黒ずくめで常に睨んでいるような目つきの男。 理事の「じゃあその子をよろしく頼むよ」という言葉に「ああ」と実に素っ気無く無表情に返した男。 それなりに強いのだろうか。まぁ、理事が頼むくらいなのだから強いのだろうが、それがどんな状況下での強さなのか全くわからない。通常戦士(ソルジャー)程度は退けるだろうか? できるならば通常騎士(ナイト)は。高位戦士(バーサーカー)はどれくらい足止めできる? 「ああ、そうだ。お前ら、面倒くせえが理事からの依頼だ。内容はナナを匿う。以上」 「アキラちゃんはー?★」 「あ゛ー。……ナナ。その『組織』ってやつでの重要度ってお前とアキラ、どっちが高い?」 マヒロは面倒くさそうに、でも真剣にわたしに聞いてくる。 さて、どう答えよう。どう答えればわたしは生き残れる? ……。 ……よし。 「どうでしょうか。……五割ずつ、あるいはアキラが六、わたしが四くらいかと」 わたしが紡ぐ言葉は嘘。考えるまでもなく、『成功作――Valkyrie(ヴァルキリー)』と『失敗作――NO.七七』では圧倒的な差がある。重要度なん てあっちが最優先(九割)、わたしはそのついで(一割)。あちらが学習して(知ら)ないことを学習して(知って)はいるが、そんなこと歯牙にもかけない絶 望的な性能差。でも、正直に言ってアキラばかりが護られたりしたら困る。とてつもなく。 性能差、それを不幸か幸福かと問われればそうではなく、生まれたことそれ自体が不幸。彼らから隠れて知識を得たことを後悔するほどの不幸せ。知らなければ、不幸も幸せも知らなければ良かった。それが当たり前なら苦痛も苦痛に思わない。 「んじゃあ、決まりか。ナナ、アキラの二人を匿う。異論は? つーかアキラのことは依頼に入ってねえから勝手にやっていいんじゃねえか?」 負に傾きすぎた思考を呼び戻したのはマヒロの気だるそうな声。 その声に、誰も反対はしなかった。バカじゃないだろうか。危険とも理解していない。……バカな人たちだ。舞台に上がって、すぐ滑り落ちていく。ユウのように。……バカだ。 「いいんじゃないかな?☆」 「じゃあ改めて、よ――」 「「「「ようこそッ! 便利屋『スケアクロウ』へッ!!」」」」 「……ようこそ」 「……俺って此処の主人だよな? ……いや、いい、何も言うな。面倒くせえ」 ミドルなテンションとハイなテンション、ローなテンションでわたしを受け入れてしまう変人たち。でも何故? 「良いんですか? それ以前に、わたしの話を信じてしまうんですか?」 聞いてしまった。別に匿ってくれるならば信じていようといまいが関係ないのに。 「んふふ☆ なんかボクたちの最初の頃を見てるみたいで放って置けない感じがするんだよねー♪」 「あ、ママも? あたしもッ」 「女の子二人を追い出すなんてできませんッ」 「困ってんなら助けるのは当たり前やん」 「リンドウ。お前も何か言え。拾ってきたのお前だろうが」 「ああ、すまん。聞いていなかった」 「……お前らってさ、どこまでも適当に会話するよな」 「……おかわり」 最後の言葉はアキラ。大分体調は戻ってきているようで。 「マ ジメに答えるなら、この世界って結構いいかげんだから☆ 想像のナナメ上を行くような事なんてよくあるしね★ 野生のポケモンと喰うか喰われるかの毎日を 過ごしていた人とか光の射さないような世界で過ごした人とか、何かの試作品としての人とか、ただどこまでも真っ直ぐな人とか色んな人間さんが居るんだから 『人工的に造られた』なんて個性にしかならないよ♪」 「つか、それで? って感じやし。リンドウの方が人造人間っぽいで」 「あはッ。ケンタ言い過ぎ。確かに言えてるけど」 「ふふ。ナナさん。こんな感じで皆さん特に気にしないんですよ。わたしも皆さんと人種、ですか? 見た目が結構違いますけど特に気にされてないようですし」 次々と、濁流のように言葉が紡がれる。テーブルを挟んで此方に注がれる視線がなんだか……くすぐったい。 「……そう、ですか。でしたらお言葉に甘えさせてもらいます」 結論は出た。この人たちは死相が出るくらいにお人よしで、反吐が出るくらいに善人で、救いようが無いくらいバカなのだろう。ならば、利用でも何でもしてやろう。 「こんなカオスな空間だが、まあ好き勝手やってくれ。後始末は各人でな、面倒くせえから」 「はい。よろしくお願いします」 「……よろしくおねがいします」 わたしに続きアキラが粥を食べながらペコリと頭を下げて言う。何かを頼む、なんていう知識があったんだ。 「よろしくねッ」 栗色の髪の少女が満面の笑顔でわたしたちにそう言った。 「あッ。そうだリンにぃ、明日クロスのとこにポケモン図鑑受け取りに行っておいてよ。そろそろ仕入れてるでしょ?」 わたしが返事をする前に、次の瞬間には少女はリンドウに話しかけている。なんだか忙(せわ)しない。 「ああ。わかった」 「ハルちゃーん。明日ナツキちゃんが学校来てたら、リンちゃんと一緒に出ない? って聞いてみて☆ 来てなかったら夜にでも電話してみるから★」 「えッ? 良いの? リンにぃ?」 「良いの良いの☆ どうせヒマそうだから当日に連れてくつもりだったし♪ こういう時は無理やりにでも笑った方が良いんだよッ☆」 「無茶苦茶だなお前。一理あるけど。……俺を巻き込むなよ? 面倒くせえから」 「あの……その……ケンタさん。わたしと出てくれませんか? 大会が近いし、調整もあるでしょうから無理なら別にいいんですけど」 「おわッ。いきなりやなソーニャ。……んーまぁ、息抜きな感じになるけど、ええかな? 無理とかして怪我したら元も子もないし」 「ッ! ハイッ!! 構いません!!」 「あ゛ー、そだ。お前ら、全員再来週の土日空けとけ。なんか理事から依頼があったんだった」 会話に華が咲く。リンドウは黙って聞いていて、その膝を枕にして、満腹になったのかアキラはスースーと寝息をたてて熟睡している。寝顔を覗きこみながら、ゴーストはケラケラと笑い、ムウマはクスクス笑う。 カクレオンは、負(お)ぶさるように乗っていた金髪の女性の肩から何故かダイブした。あ、お腹から落ちた。悶絶してる。それを見たみんなで大爆笑。もちろんリンドウは除いて。 利用……でもなんでもする。……わたしが死なないためならば。 全く理解できない身内の会話。でも、何故か拒絶は感じない。何と言うか、此処は……暖かい? ふと、視線を移すと、クツクツと笑いながらマヒロは着ているスーツのポケットから取り出したタバコを一本咥え、手にした鈍く銀色に光るライターで火を―― 「10まんボルト(10万ボルト)」 「ムゥちゃんはサイケこうせん(サイケ光線)★」 ――着ける前に、地を響かす低音と天に響く高音が宙に浮かぶ二つの影(ポケモン)にそんな指示を与えた。 言下、ゴーストは宙に漂う両手にバチッバチッという破裂音のようなものを生じさせる閃光を纏い、 ムウマはその小さな身体の前方に桃色の光を集め、 「ッ!? 待――」と顔面蒼白で焦るマヒロに向かい同時に放った。 爆ぜる電撃。奔流する妖光。どちらも肉体は使わないとくしゅ(特殊)攻撃。 マヒロは手にしたライターを放り投げ、身体を捻るように直進する光を躱す。 マヒロを狙った電撃はその進路を変え、天井スレスレまで上がったライターを焼き尽くす。 サイケこうせん(サイケ光線)は躱された時点で消失し被害は無く、10まんボルト(10万ボルト)も延焼する間もなく焼き尽くしているため他に被害は無い。被害者は只一人。極度の緊張からか、ゼーハーと荒く呼吸する中年、そう表現するしかない男――マヒロ。 「お前らのわざ(技)はシャレにならねんだよ。殺す気かッ……」 「ならば煙草は換気扇の下で吸え」 「そーだそーだー☆ 髪に臭いが付いちゃうでしょー★」 「ああ。私も身体にその臭いが付くのは困る」 正反対。そう思えた二人の同じ意見。 殺されかけた愛煙家はというと、「あははははは」と乾いた笑いを紡ぎながら、 「どこから俺の平坦で平凡な人生は狂ったんだ。リンドウを拾った時からか? それとも就職した時からか? ……。ああ、面倒くせえ。」 小声で坦々と呟いた。 特筆して騒ぎたてる様子はないので、これが日常なのだろうか。だとしたら、ふふ、変な、異常な、ありえない場所だ。 「ところで、皆さんの名前を教えていただけますか?」 そういえば、マヒロ以外はキチンと名前を教えてもらっていない。利用する、しないにせよ、名前くらい知っていても構わないだろう。うん。 ――打ちっぱなしのコンクリートの壁の部屋の中、落ち着いた光を放つ照明の下、今わたしはどんな表情をしているんだろう。貼り付けたような、作った笑み? それとも別の……? |