《第一部 第序章 第一一話『戦闘中第二戦目〜力量〜』》 「こっちは三〇だぞッ! ああもうなんだよそっちは四〇か?!」 男は、頭の血管が切れるのではないかと思う程顔を赤くし怒鳴り散らしてきた。 私は何か答えようとしたが、その前に男は深呼吸し、頭を反らし、しばらくバトル場の高い天井を仰ぎ見ると、 「あ゛ー……なら、こっちも最強で行くよ」 先程までとは違う落ち着いた声で、モンスターボールを放り投げる。 ……良い顔つきだ。 灰色の長袖の服を着た、茶色の髪を目に掛かる程度に伸ばした細身の男。いやサトルだったか、の本気が、まるで針の様に私の肌を刺す錯覚を感じながら、 「戻れ、レイン。サン、戦闘準備」 私は目の前の水の帯を纏い佇むレインをボールの中に戻し、次のポケモンを招喚す。 気のせいか、私の声に微かな笑いが混じっている気もする。 同時に生まれた二つの閃光は、同時に集束し二つの影を残す。 サトルが招喚した黒と灰色の体毛を纏い、鋭い牙と眼光を持つ狼に似たポケモン――グラエナ――が態勢を低くし唸り声を上げ、私が招喚した薄紫色の体毛に身を包み、額に紅く丸い宝石の在る、Yの字に分かれた尾を持つ猫に似たポケモン――エーフィのサン――を威嚇している。 「またこっちが有利か……」 サトルは右手で顔を覆うと、嘆くように呟く。 タイプ相性では『念(エスパー)』タイプのサンと『悪(あく)』タイプのグラエナがそれぞれ自分と同じタイプのわざを放った場合、サンの攻撃は無効化され、グラエナの攻撃は通常以上に効く。 つまりエスパータイプはあくタイプに弱く、あくタイプはエスパータイプに強い。 しかし、 「どうせ、問題無いんだろ?」 「そうだな」 サトルは、何か苦いものを噛み無理に笑うように笑い。一息吐き出しながら、 「じゃ、またこれが地面に落ちたら戦闘開始で」 サトルの親指がコインを弾く。 コインは緩く回転しながら落ち、短く澄んだ音を響かせる。 「スピードスター」 「‘まもる(守る)’だッグラエナ」 開戦。 言下、サンの眼前に小さな星形をした無数の光が生み出され、散弾の様にグラエナへと向かい放たれる。 しかしグラエナへと攻撃が届く前に、別の光が壁となり遮られ相殺される。 ……早い。 だが早過ぎる。攻撃に反応したのでは無い。 恐らく最初の攻撃は絶対防御技「まもる(守る)」で防ぐのを決めていたのだろう。 攻撃を防がれた瞬間にそう考え、次の瞬間に指示を出す。 強い。何なんだこのオニツカとかいうトレーナーは。 三つ目のジムバッチを手に入れて気分が良かったから、ちょうどバトル場に居てそれなりに強そうなポケモンを持っていたからバトルを仕掛けたのに。 レアコイルの電撃に水タイプが耐えて……レベル差だぁ? レアコイルのレベルは三〇。それは間違いない。何せついさっきこのポケモンセンターで計測してもらったんだから。 ――レベル。 ポケモン協会が定めたポケモンの強さの基準のようなもの。一〜一〇〇まであり、ポケモンの持つエネルギーの質と総量を機械で計測する。 頼めば全国のポケモンセンターで無料で計測してくれる。 ポケモン図鑑とかいう機械でも計れるらしいけど一般には手に入らないくらい値段が高い。いやもうありえないくらい。 僕も買えないし。―― というか、レベル三〇は十分強い。 トレーナーとしての勉強をする学校『トレーナーズスクール』では普通、高くても二〇くらいだし、なによりアマチュアなら三〇はそうそう居ない。 たとえ純水が絶縁体でもそれを操るチカラは水タイプ。電気タイプの攻撃には弱い。 それでも、ダメージがほとんど無かったという事は、あのシャワーズのレベルは少なくとも五〇? 「シャドーボール」 地の底から響くような声を聞き、僕の意識が引き戻される。 しまった。 考え込んでしまって指示を忘れていた。 すでに相手のエーフィはグラエナから距離を取っていて、闇のように濃い小さな紫色の球を次々と乱射してくる。 「ッ! 避けろ!」 とっさに指示は出したがその大半はグラエナに当たる。 ゴーストタイプの攻撃は悪タイプには効果はイマイチ。 しかもグラエナのレベルは六三。 捕まえて日が浅いレアコイルとは違い、小さな頃から一緒に居る相棒。 ダメージは少ないはず。 が、その黒い毛皮には戦闘が続けられない程重くもないが、決して無視できる程軽くはない傷を負っている。 さっきのシャワーズ程の威力は無いが、決して弱くない。 しかしこの攻撃で相手のパターンがわかる。 シャワーズのような一撃必殺(ワンショット・ワンキル……まぁ実際は五発くらいだったが)ではなく中距離(ミドルレンジ)からの一撃離脱(ヒットアンドアウェイ)。相手の攻撃は食らわず、威力の低い中距離技で徐々に相手を弱らし仕留めにくる。 したがって長期戦は不利。 なら、 「とおぼえ! (遠吠え)」 僕の指示の下、グラエナは口先を上に向け、一声高く吠(な)く。その身が纏うパワーポイントを増大。物理攻撃を強化する補助技。 間髪入れずに次の指示。 「よしッ! ‘かみつけ’ッ(噛みつけ)」 グラエナは身を低くエーフィに向かい疾走。 口元に黒い光を携え一直線に獲物を狙う。 「迎撃」 黒衣の大男、オニツカは一声だけ指示。 ……ん? 『迎撃』? 『回避』じゃなくて? 違和感を感じるが既にグラエナは目の前に迫った紫猫への攻撃にはいっており、指示が間に合わない。 グラエナは口を大きく開け、薄紫色の毛皮にその牙が食い込……まなかった。 ガキン、とまるで最初からその場には何も無かったかのようにグラエナの牙は空を噛む。 「え?」 思わず声が漏れる。 それはそうだ。 確かにグラエナの前に居たエーフィが次の刹那、影のように後方に出現していたのだから。 ほとんど動いた様子は見れなかったが、その姿はなんと言うか……そう、とても優雅で、まるでその瞬間時間の流れが遅くなったのではないかと思うくらい濃縮された一瞬だった。 そして悟る。このエーフィが得意とするのは一撃離脱などではなく『接近戦』。距離を取っていたのは焦れた敵を返り討ちにするためのブラフ。 エーフィのY字をした尾が鈍い銀色に輝いていている。 そして、体を反転させて、まるで鞭のようにグラエナの体を横薙ぎに払う。 喰らったグラエナは吹っ飛び地面を転がり、ぐったりと横たわる。 僕はたまらず駆け出していた。 「グラエナッ!」 サトルが駆け出し横たわる黒狼、グラエナに向かう。 戦闘は終了。 此方に外傷無し。 レアコイルもグラエナも戦闘不能ではあるが死んではいない。 生きているのを確認したのか、サトルはボールにグラエナを戻し、私に向かい歩いてくる。 「あんた強すぎッ」 そして、「何レベなの? その仔たち」と聞かれるが……。 「……一二年前に計ったきりだが、八〇前後、だったか」 「高ッつか古ッ」 そう言われても困るのだが。 「んー僕もまだまだなんだなぁー。調子に乗ってた。んじゃ、僕は回復に急ぐんでッ!」 サトルはなんだか笑顔で手を降ると、グラエナの入ったボールを両手で握りながら全力疾走で走り去って行った。 「大丈夫かッ二匹とも!? すぐ治してやるからなッ」という言葉を叫びながら。 |