《第一部 第序章 第一二話『ロビーにて』》 「はい、お預かりします。申し訳御座いませんが回復の終了に四時間程かかりますがよろしいですか?」 サトルとの戦闘後、私は回復の為にセンター内中央のカウンターに居た。 回復に四時間。 別段驚きはしない。カウンターの直ぐ傍の立て看板に‘回復装置の内の一台が故障した’という旨の謝罪文が貼られていたのを既に見ている。 夜勤だったのか昨日と同じ女医の確認に同意し、センター内のレストランにでも向かおうと思うが、ふと思い直し一二年ぶりにこの言葉を言う。 「レベルの計測も頼む」 「はい。かしこまりました。……あ、エーフィとシャワーズの回復は一五分程で終了しますので、そこにお掛けになってお待ち下さい」 これでレベルを聞かれても古い等とは言われることは無いだろう。 私は返答し、女医の言葉通りに近くにある桃色をしたソファに腰掛ける。 ソファの柔らかい感触が心地良い。 それにしても此処は桃色が多い。何故だ。 現在〇九三〇時。 回復終了は一三三〇時頃か。まあ、着くのは夕方なるか。 辺りを見回してみると、昨日よりは利用者が多く、色々な声質の話し声が耳に入る。 その中にはサトルの姿は無い。朝食にでも行ったのだろう。 何もする事が無い為、先程の戦闘を振り返ることにする。 先ずはレアコイル戦。 威力を『非致死』に指示したが、なかなかの調節だった。回避の方はもう少し出来た方が良いが。 次にグラエナ戦。 ふむ、わざの威力が最も高くなるのが自身を中心とした半径五メートル内というのは仕方無いか。どうしようも無い。機動力と破壊力で補える。 グラエナの持つ特性『いかく(威嚇)』により物理攻撃の威力が下がっていたが、サンならば特に気にする程でもない。 ……。 ……ん、私は今更何を考えているのだろうか。 既にわかりきっている事ではないか。 求めるのは生き残る事、唯一点。 過程ではなく結果が全て。 ルオウは拒否し、アマツガハタはやる気がなく、カスミモリは気紛(きまぐ)れ。 となれば、必然的に私達が担当となる害獣駆除の依頼。 ……。 ……私は何を考えているのだろう。思考がまとまらない。混濁とした事象が頭を埋める。弾き出された意識が奈落へと墜ちていくかのような虚無感に襲われる。 溜め息を一つ吐き、両眼――光を映す左眼と眼帯の下に在る何も映さない右眼窩の義眼――を閉じて序でにと、こう考える。 肯定するつもりも無いが否定するつもりも無い。 唯、疑問に思う。 何故、私は殺す。何の為に 答えは出ない。昔は出たような気もするが、現在(いま)は出ない。 「オニツカさん。カウンターまでお越し下さい」 一五分は意外と早く過ぎた。 私はアナウスに従いカウンターへと向かい、回復の終わった二匹の入ったボールを受け取る。 「レベルの測定結果は、六匹が回復終了時にお渡しできますので」 「わかった」 受け取ったボールを腰のベルトに付け終わると同時に、光が走り中に居た二匹――薄紫色をしたビロードの様に滑らかな毛皮を纏ったケモノ、サンと鰭(ひれ)の様に大きな耳、首もとを飾る白い輪が目を引くケモノ、レイン――が白い床に招喚される。 二匹が私の足下に擦り寄り、その内の一匹、レインは体を駆け上がり、頭に乗って来る。 一方サンは、そのまま私の足に尾を絡ませ、足下で喉を鳴らす。 何時もの事だが少し重い。三〇kg近い重みが首に掛かる。 頭の上を俯(うつぶ)せに乗っているレインの位置を落ちないよう調整し、尾を絡ませるサンを蹴らないように注意しながら、私は歩き出す。 よく考えると、朝食に行く前に汗を流したい。なので、まずは泊まった部屋へ向かうことにした。 ================== 引き継ぎをしてそろそろ二時間がたつ、外に出れば太陽が真上辺りに輝いているのだろう。 しかし、そんなのは関係ない。私はポケモンセンターの中央、回復装置の在るカウンターの内に居るのだから。白衣を着て。 いろいろな声質が混ざり合った音をBGMのように聞きながら、今日は利用者が多い、と思う。と言っても、ここ一週間と比べて、だけれども。 一週間程前、突然現れたポケモン三匹。 不幸なことに、アマチュアのトレーナー数名がその三匹に襲われ命を落とした。そう、このセンターの利用者の大半である、アマチュアトレーナーが。 凶暴な野生ポケモンは普通の人間にとって例えるなら、……災害だ。 滅多に遭遇しないが遭遇してしまえば抗えない。いや、抗える人は居るかもしれないけどそれは少数派だ。 なのでポケモン協会に駆除を頼んだが、協会はホウエンの復興に忙しいそうで、委託された業者が来たらしい。 直接は見ていないけど、来たのは『スケアクロウ』という便利屋の社員の男一人、だったか。 見た人の話を聞くと、身長が二M近くある結構カッコいい人だったらしい。無愛想だとか最低最悪だとかいう意見もあったが(というか、どういった理由で最悪なんだろ。あとで聞いてみよう。)、ちょっと会ってみたい、かな。 そんなことを考えながら私は手元のパソコンを操作する。 画面上には数字とアルファベットと記号の羅列。 現在回復中のポケモン達のデータがプライバシー保護のため暗号化され画面上に表示されている。 この文字の羅列を読むことは、ここ、ポケモンセンターで働く為に必要な最低クラスの技能。一般の人も習えば読めるだろうがややこしいし面倒なので、将来ここで働きたい、といった思いがなければ普通は読めない。読もうとも思わない。 「ししょうシショー師匠ッ〜。この人の手持ちスゴイ。全部一〇〇なのだッ」 背後からそんな明るい声。 あれ? なんで読めるの? 驚き後ろを見る。するといつの間にか、カウンターから身を乗り出して私の肩越しにパソコンを眺めている、暗めの茶髪を肩辺りまで伸ばした一〇代後半くらいの少女が居た。 ピンク色の大きなハート模様が正面に描かれた黒いニット帽をかぶった、「美」を付けても構わないだろう活発そうな少女。 この少女が本当になんでもないように言った一言。しかしパソコンの画面上に表示されている羅列の意味は少女の言う通り、手持ち六匹全てレベル一〇〇。レベルの最高位。 まぁ、この少女がセンター職員志望なら不自然ではないか、と私はできるだけ普通な方向へ思考を進める。 少女の服装は水色のセーラー服に丈の短いヒラヒラとしたチェックのスカート。学校の制服にも見えなくはない。就職の為の見学か何かと思う。 なのでとりあえず声をかけてみることにする。 「何かごよ――」 「あぁ゛ー? チサトぉ何がすげーッてー?」 私の、何かご用ですか? という言葉を遮るように、野太い声が響いてきた。 |