一三話『探し人』


「んで? どこがすげーんだチサトぉ?」

私の言葉を遮った野太い声を発したのは、三〇歳くらいの見るからに粗暴です、という風貌の身長が2mくらいある大男。
短く刈り込んだ黒髪にサングラス。首元には太い金のネックレスで、着ている服はアロハシャツなんて、私的『かかわりたくない人ベスト一〇』入り間違い無しだ。
「師匠〜。レベル一〇〇だよ一〇〇。もっと驚いてもよいと思うのだ」
「ああ゛? んなもんリーグの決勝トーナメントにウジャウジャ居んだろが」
その言葉には、私は不本意ながら「まあ、確かに」と思ってしまった。
――ポケモントレーナーの祭典『ポケモンリーグ』。四年に一度行われるその決勝トーナメント。それに出場するには開催の前の年から行われる予選を勝ち抜く か、それぞれの地方に在る『ジム』のリーダーにその実力を認められ『バッチ』を八つ集めるしかない。なので出場者は一般のトレーナーとは別格な強さを誇 る。その中でも『チャンピオン』と『四天王』と呼ばれる上位五人は更に別次元な上にもうヘタな芸能人より人気がある。……そいえば、二〜三年前カントーの リーグで最年少のチャンピオンが誕生とか騒いでたなぁ。――。
ただ、それはかなり限られた物の見方だと思う。リーグにはそれこそウジャウジャいるかもしれないけれど、レベル一〇〇を一匹でも連れている人は少なくとも私の周りにはいない。

「つーかよ、レベルなんざ一〇〇『までしかねえ』んだからどんくらい強えーかわかんねぇだろ」
やる気なさそうに師匠と呼ばれた大男は言う。
ものすごく適当な言い方で「言いすぎじゃない?」と思うけど、確かにレベルは最高位である一〇〇までしかない。だから、伝説と言われるポケモンも一〇〇として表示されるんだろう。例えレベルが一千に相当しても一〇〇としか表示『できない』。
それが今の限界なわけだけれども。まあ協会も一〇〇までで十分だろうという見解らしいのでこれからも一〇〇以上のレベルは一〇〇としか表示されないのだろう。

「それにホレ、なんか誰だったかが言ってんだろ『当たらなければどうということはない』とかなんとか。当たんなきゃ怖くねぇよ、拳銃もナイフもはかいこうせん(破壊光線)もな」
「その言葉、知らないのだ。……ん〜『ジェネラル』さんとか『ミラージュ』さんの戦いかたみたいな?」
「あー、違うな。ジェネラルもミラージュも当たる一撃ですら流すからなぁ」

なんだか二人でよくわからない話(マンガか何か?)に花を咲かせている。何しに来たんだろうか。
私は少し周りを見渡す。
この二人を除けばいたって普通な情景。様々な年齢のトレーナーが憩うロビー。一〇歳くらいの少年少女が心配そうな顔で回復を待っていたり、自分のポケモンを自慢してる人が居たり、地図(タウンマップ)をテーブルに広げてあれこれ相談してる三人組が居たり。
久しぶりなこの平和な空気をしみじみ感じていると、

「オイコラこのボケ師弟コンビッ! なぁに、ダベってんだオイ!!」
いきなり響く怒鳴り声。
「頭ん中にウジでも湧イテンのか? なら頭蓋骨開いて殺虫剤でも注いでやろうカ? アァ?」などと続け、こっちに来るのは茶色の短い髪をした二〇歳くらいの青年。
かなりカッコいい。
色白で背は高め(一七五くらい。)、細く引き締まった体を少し緩めの服で覆っている。美術品のような、という表現がぴったりな美青年。
ただ、かかわりたくはない。なんか怖い。
何故か右手に、女物の白いコートを巻きつけるように持っている。
「チサト。テメェセンターに入った途端にコート投げつけて消えんじゃネエよ」
と。青年は持っていたコートをニット帽の少女に投げつける。コートで隠れていた右手の人差し指をなんだか悪魔の爪、という感じのアーマーリングが覆っている。
少女は「だって暑かったのだ」などと言いながら、しぶしぶという感じでコートを両手で抱えるように持つ。

「でヨ? リョウゲツ、チサト。テメェら此処に来た理由忘れてンだろ?」
この言葉に、大男(おそらく名はリョウゲツ。)と少女(チサト、かな?)二人は「あ」と口を開け、顔を見合わせる。
青年は思い切りため息をつき、「なんでテメェらが俺と同じバーサーカーなんダよ」とかなんとか言いながら、こっちに近づく。そのすぐ後ろには少女と大男。というかバーサーカー? ……ゲームか何かかな。
「ジョーイさんッ。この娘(こ)見たことない? 探してるのだ」
聞いてきたのは青年でなく少女。青年が出した写真をひったくり私に示す。青年がなんだかすごい形相になっている。これは、あれだ。鬼。怖いのでそっちから 無理やり視線を動かし写真を見る。……このくらいの子にジョーイさんって呼ばれるのは珍しいなぁ。というかこの名称誰が考えたんだろう。
写っているのは黒髪の少女。長い黒髪はキューティクルがしっかりしていて天使の輪のように光を反射している。パッチリとしたツリ目のお人形みたいに整った顔立ち。ただ、無表情というか仏頂面というか、感情を見出せない。……本当に人形のよう。
見たことはない、と思う。
そう告げると、この歪な三人組は「そっかー」とか「クソッ。ドコ居んダよ、おい」と肩を落とす。
家出とかかな。センターの使用者履歴を調べればわかるかもしれないな。

「名前教えていただけたら、此処を利用したかはお教えできますよ」
そう私が言うと、ちょっと悩むようなそぶりで青年が、
「イヤ。ワカンネェんだわ、名前」
「はい? どういうことですか?」
どういうことだ、ホント。名前がわからないのに探している?
私が不審に思うと、顔に出ていたらしい。青年が説明に入る。
「ん、あァ。……ネットゲームのオフ会デな。写真の顔とハンドルネームしかわかんねぇンだワ」
「ちなみに俺は『バーサーカーU』ナ」と首にかかっていたらしい(服の中に隠れていたので見えなかった。)銀色をしたドックタグを見せてくる。なんて書いてあるかはよく見えなかったが。
で、話を聞くと大男リョウゲツが『バーサーカーT』で少女チサトが『バーサーカーV』らしい。
「ンで、探シてるガキは『ヴァルキリー』なんダが時間ニなっても来なクてな」
納得する。まぁすっぽかしかなぁ? 多分。
「まァそこらへんのヤツラにも聞イてみるワ」と青年が言うと、他の二人も賛同し散っていく。
まるで嵐のような集団だった。小さなトレーナーを相手にするより疲れたかも。
離れていく時ですら、
「でさ、リク。そのリングは誰から貰ったのだ? そういうの嫌いじゃなかったっけ?」
「アぁ? ウルセェ死ネ」
「どーせ、プリンセスあたりだろそーいうの持ってんの」
「ふ〜ん、あたしも頼んでみようかな」

などとギャーギャーワーワーキャーキャー騒ぎながら手近な何人かに写真を見せ、「居ねぇー!!」と絶叫しながら一〇月の空の下へ出て行った。


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