一四話『遭遇』


「……む、う」

私が食事を終え、ロビーへと向かおうとした瞬間。
レストランの出入り口に向かっていた私は、突如として大量のポケモン(恐らく他の客のポケモン)に圧(の)し掛かられた。いや、正確には私の頭の上に陣取っていたレインへと飛び掛ってきたようだが。
よって私は全身に多数のポケモンを纏っている状態になっている。
レインは飛び掛られた瞬間に身を翻しており現在は頭上に居らず、少し離れた床からサンと共に此方を見つめている。微かに微笑んでいるように見えるのは気のせいか。
確認した限り私の体に乗っているのは、のっぺりとして太い水色をした体のポケモン――ヌオー二匹に、白群色の体に漆黒の体毛、細く長い尾の先には十字の突 起の付いた四足のケモノ――ルクシオ三匹、さらに砂漠迷彩の模様をしたカバのようなポケモン――ヒポポタス一匹と、二足歩行の黒猫――ニューラ一匹。
平均の体重で計算してみる。
ヌオー――平均体重七五.〇Kg――
ルクシオ――平均体重三〇.五Kg――
ヒポポタス――平均体重四九.五Kg――
ニューラ――平均体重二八.〇Kg――
合計、約三一九Kg。なるほど、通りで歩きにくいわけだ。
私に圧し掛かってきたのは、体の特徴(ヌオーの鰭やニューラの耳など。)を見た限り雄。
メロメロ、だろうか。サンとレイン、どちらが発動させても雄が対象になることであるし。
――メロメロ。司るは無。性別の違うポケモンの思考を鈍らせ攻撃を封じるわざ。指向放出の類。戦闘中に使用すると相手が攻撃をとどまる、単調になるなどの効果が得られる。――
なるほど、戦闘外で使用すると軽い暴走状態になるのか。
などと思いながら私はニューラがしがみついている左手で首元の『赤い』笛を掴み、口に咥える。
響く音は暖かくそれでいて鋭利。その効果は『メロメロ』状態の解除。
我に返ったポケモン達はそれぞれトレーナーの元へと帰っていく。それと同時にレインが私の頭上に舞い戻る。周辺(まわ)りが騒がしい気がするが、殺気も殺意も感じないため気に留めずに私はそこを後にする。
……どうでもいいがフレア、メテオ、ルシアの雄三匹がメロメロを使用すると雌がこうなるのだろうか。



回復は終了し、ボールとレベルの結果の印刷された紙を受け取った私はセンターを出た。
少し前までは陽光が射していたが今は鉛色の雲が空を覆っている。空気も生温い。一雨きそうだな。少し急ぐ、か。
「サン。頼む」
足元に居るサンは私の言葉に応えるように鈴の音とも思える声で一声啼く。それと同時に生まれるのは光の板。大きさは長めのスノーボード。それが地面から一〇Cm程浮いている。
これはリフレクターと呼ばれる、物理攻撃を緩和するわざの応用。それを弱いねんりき(念力)により浮かばせている。どちらも念を司る。
サンが一定以上離れると維持出来なくなるが、隻腕隻眼のため自転車やバイク、自動車を運転出来ない(難しい。免許も持っていない。)私には非常にありがたい移動手段の一つ。
光の板に左足を乗せる。乗せた瞬間に僅かな抵抗感を感じる。例えるなら水の上に浮かんだ発泡スチロールに足をかけるような感じ、だろうか。
サンは板の先端に飛び乗り『お座り』の姿勢でじっと待っている。
私が残った右足を乗せると同時に板は滑るように動き出し、段々と速度を上げていく。



私の周辺りの景色が凄まじい勢いで移り変わる。移り変わってはいる、木しかないが。それも今は滝のような雨でぼんやりとしか見えない。
現在私達が移動しているのはソノオからコトブキに帰る途中の204番道路。そこの荒れた抜け道と呼ばれる洞窟のある高台を飛び降りた辺り。
出発した直後から予想通り雨は降り始め、酷い豪雨となっている。
かなりの速度で移動しているため風が凄く、本来ならば全身がずぶ濡れになるだろうが、頭上のレインのわざ、なみのり(波乗り)の応用による液体操作により、雨粒は私達の周辺りに球体状の壁でも在るかのように流れていく。

鬱蒼と茂る木と偶に在る池を横目に通って行くと、微かな殺気、あるいは殺意というか違和感というか、通常の野生のポケモンやトレーナーの纏う気配とは違う何かを感じた。
何だこの感じは。何度か感じた事はあると思うのだが、思い出せない。
私は頭の中の記憶を探る。欠片も見逃さないよう念入りに。
少しすると、頭を軽くトンッと叩かれ、内に行った思考外に戻される。何時の間にか、光の板は移動を止め、サンが振り返り私を見上げている。……叩いたのはレインか。
私を見上げる紫のケモノはY字に分かれた尾で雨雲のせいで暗鬱に思える森を指し、小首を傾げながら一声啼く。まるで、「行かないのか」とでも言うように。
そうだな。考えるより直接見た方が早そうだ。
そう考え、私はサンにこう指示する。

「行くぞ」

その一言で光の板は方向を変え、感じた違和感に向かい森の中へと進む。



道など無い森に逸れて約二時間。違和感の根源は発見した。
辺りの木々よりも大きく太い文字通り大木の下、六匹のポケモンに護られるように眠る一人の少女。一〇代前半から中盤辺り、だろうか。
湿気により体に張り付いた長い黒髪は手入れをしていないのかボサボサしており、身に纏っている物もおかしい。この一〇月の空気の中、手術着のような薄い辛 うじて衣服の形を保っている布切れである。首からはドックタグなどと呼ばれる金属製の識別表を提げ、両手首には薄紅色の細い鎖が一組ずつ腕輪のように巻か れている。その鎖の先端の外側にある方には銀色の紅葉の葉のような物が付いており、緋色の結晶が一つずつ象眼されている。
更に、顔の左半分を覆うように包帯が巻かれ、腕などにも見える限りで切り傷、火傷、打撲などがある。
少女の意識は混濁し呼吸は浅く、顔は苦しそうに歪み、確認するまでもなく見ただけで熱があるとわかる。
……医者に診せないと死ぬのではないだろうか。
私もこの位の年齢の時に野宿していたら死に掛けた経験上そう思う。私の場合は放っておいたら治ったが、この少女とは体力的に違うだろう。
そう考え、最善と思える能力を持つ一匹を招喚す。
そしてふと思い出す。あの違和感はシロガネやま(山)の野生ポケモンたちの放っていた、生への執念と、敵を威圧する殺意。
サンとレインが説得したのか解らないが少女に近づいた私に襲う素振りは見せず、グルリ、と囲むように監視する六匹のポケモン。それが放っていたのか、倒れ臥す少女が放っていたのかは気配の霧散した今ではわからないが。


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