第12話  血染めの記憶 前編


周囲を森に囲まれている、小さな村があった。
家は数えるほどしかなく、その付近にはいくつもの畑がある。村人は自給自足で生活をしているのだろう。
その村の上空に、三つの黒い影が見えた。翼を羽ばたかせるような形からすると、どうやら飛行ポケモンだろう。
真ん中の大きな影に寄り添うかのように、小さな影が左右に一つずつ並んでいる。
そんな影の存在に、村の人々が気づく様子はない。
辺りは夕暮れ時。ちょうど薄暗くなりかけたぐらいだろうか。
オレンジ色の空を背に、三つの影は一定の間隔を保ちながら空を移動していた。

上空の影では、ポケモンと共に四人の男が移動していた。
中央の影はボーマンダだった。背中には二人の男が乗っていたが、そうは思えないほど優雅に空を舞っていた。
その左右には、オオスバメの姿が二つ。どちらも一人ずつ男の肩を掴んで羽ばたいていた。
体格からして背に乗せるのは無理なので、このような形をとっているのだろう。ボーマンダに比べるとかなり小柄だが、意外とパワーがあるらしく疲れた様子は見せていなかった。
ボーマンダに乗った先頭の男がおそらくこの集団――――キラーの頭角だろう。
「次の標的はあそこだ。いいな、お前達」
先頭の男の呼びかけに、後ろの男達は無言で頷く。
「よし、村の端の方に降りてくれ、ヴィム」
男達の反応を確認すると、彼はボーマンダの首筋に手を当て、そっと囁いた。
「分かった、ザルガス」
ヴィムと呼ばれたボーマンダは一言そう返すと、翼の角度を変え、ブレーキを掛ける。
そして、村の隅の方を目指しゆっくりと下降していった。


村の端の方とは言え、ほとんど林に近い感じだった。
生い茂る緑の木々が、自分たちの身を隠してくれる。森のように鬱蒼と茂っているわけでもないので、村の様子を確認することも出来る。
行動を起こす前に、村人に気づかれてはいけない。だが、ここならその心配もないだろう。彼らにとっては、まさに好都合な場所だった。

「ご苦労だった」
ヴィムは男の一人を運んでいたオオスバメをボールに戻す。
もう片方のオオスバメは彼のポケモンではなく、他の団員のものだった。
空の移動に、ヴィムだけでは限界があるので、移動を手伝ってもらっているのだ。
「……やっと次はヴィムに乗れるんだな」
オオスバメで移動していた男が、ため息混じりにぼやいた。
やはり、背中に乗るのと、肩を掴まれるのとでは大分安定感が違ってくる。
ヴィムが乗せるのは、ザルガスともう一人。あとの一人は、順番で乗せていた。
「おい。俺に運んでもらうのがそんなに不安かよ?」
「い、いや、そんなことはない。お前はよく頑張ってくれてるさ」
オオスバメの抗議に、男は慌てて弁解した。やる気をなくされて、移動できなくなっては困る。
彼のオオスバメは天気屋な所があり、機嫌をとるのもなかなか苦労するのだ。
「……心配するなって。次もちゃんと運んでやるからさ」
やる気があるようには到底思えなかったが、オオスバメは一応納得したような返事を返した。
男はやれやれと言った感じで、さっきよりも深いため息をついた。

「っと、そうだ。リーダー、今回はどうするか決めたのか?」
「まだ決まってないな。……お前達、何か案はあるか?」
ザルガスは呼びかけるが、団員からの返事はない。皆、頭を捻ったり、唸っているだけで、決めあぐねているといった様子だ。
「なあ、俺からの提案なんだが、いいか?」
黙っている他の団員達を横目に、オオスバメが口を開いた。
彼が意見を出してくるとは思ってもいなかったらしく、ザルガスは少しだけ驚いた様子を見せた。
だが、すぐに元の表情にもどると、いいだろうと答える。
「……俺はさ、ヴィムの技を見せてもらうのはどうかなって思ってるんだけど」
その言葉を聞いた瞬間、団員達の間に小さなどよめきが起こった。
彼らの反応は気にもとめず、ザルガスは顎に手を当てて考えていたが、
「そうだな……久しぶりにヴィムに動いてもらおうか。どうだ、ヴィム。やってくれるか?」
オオスバメの案を受け入れたのか、ヴィムに話を持ち掛ける。
「……いいだろう」
感情のこもらない声で、ヴィムは答えた。
「へえ……あの凄い技を見せてくれるのか。そりゃ楽しみだな……」
団員の一人が、薄笑いを浮かべながら言った。
しかし、その笑みはどこか不自然で引きつっているようにも思える。
他の男達も、彼と同じような表情をしていた。
「じゃあ、頼んだぞ。俺たちはここで高見の見物とさせてもらう」
ザルガスはヴィムの首筋に手を当て、確認する。意志を確かめるとき、彼はいつもこうするのだ。
黙って頷くと、ヴィムは翼を羽ばたかせ林から飛び立つ。
辺りに風が巻き起こり。彼らの服や、周りの木の葉が揺れた。
ヴィムはどんどん上昇し、その姿はあっという間に小さくなっていった。


「お前が話し合いに入ってくるなんて、どういう風の吹き回しだ?」
ヴィムが飛び立った直後、男がオオスバメに話しかける。
普段のオオスバメなら、退屈だからボールに戻してくれと言ってくるのだが、今回は外に出たままだ。
「別に大したことじゃない。……久しぶりに、血が見てみたくなった。それだけ」
「そう……か。お前も、なかなかキラーらしさが板についてきたな」
「はは、ほんと、環境ってのは怖いよ。あんなに血を見るのが嫌でたまらなかった俺が、今やその血を求めてるんだから」
オオスバメは笑ったが、その笑いには自嘲が含まれていた。
「生憎俺に、ヴィムみたいな力はないから、こうやって血を拝ませてもらうんだよ」
「お前が今回口を挟んできたのは、そういうわけか。……そういや、お前の相方はまだ血に慣れてないみたいだな」
「ああ……でも、その方がいいんじゃないのか? 慣れてくると、時々自分が……自分でなくなってくるような気がするんだ」
相方、と言うのはザルガスの持っているオオスバメのことだ。
移動の時は互いに顔を合わせているが、キラーが行動を行っているときにその姿を見たことはない。きっと、ザルガスが考慮しているのだろう。
「……心配するな、お前はお前だよ」
「だと、いいんだけどな」
自分のトレーナーの言葉は嬉しかった。けど、それでも時々不安になることはある。
ただ、今は深いことは考えずに、これから目の前で起こるであろうことをじっくりと眺めていようと思うのであった。


風を切って進む。空気の抵抗などまるで気にする様子もなく、ヴィムは上空まで来た。
「ここら辺りか……」
今の場所なら、村全体が自分の視界に入る。畑仕事をしている人々や、会話をしている人々が見える。
(場所と数を考えると……そんなに難しくないな)
村にある家の場所と数を確認すると、ヴィムは大きく息を吸い込んだ。


村人の一人がふと、空を見上げ、一点の影があることに気がついた。
空を横切る鳥ポケモンなら、空中で留まっているのは不自然だ。
「おい、なんだあれ?」
不思議に思い、上を指さして言う。
「あの影、何……ポケモンなの?」
近くにいたもう一人の村人もそれに気がついたのか、空に視線を移す。
もし、その影が何であるのか、そして、何をしようとしているのかが分かったのならば、間に合ったかもしれない。
だが、彼らは気がついていなかった。気がついたとしても、すでに遅すぎるだろうが。



もう、この先の地獄は避けられなかった。


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