第17話  昼下がりの訪問者



ヴィムがレイルの家に住むようになって何日か経った。
あまりにも突然の出来事だったので、戸惑いを隠せない人々も多かった。
だが、ヒュエナとレイルの必死の説得によって何とか納得という形に収まった。
特に、村長であるヒュエナからの言葉は影響が大きかったようだ。これも、彼女が日頃信頼されている賜物だろう。


柔らかい日差しに眩しさを感じ、ヴィムは目を覚ました。
ゆっくりと頭を起こし、まばたきをする。太陽の光を存分に浴びるのも久しぶりだった。
ヴィムが今寝そべっていたのは、レイルの家の近くにある草むらだった。
本来ならば、共に家で暮らすという予定だったのだが。

『悪いな……ヴィム。考えてみれば僕の家は、そんなに広くなかった』

最初に家に来たときの、彼の申し訳なさそうな表情が思い出される。
ポケモンの種族の中でも、ドラゴンタイプは体の大きな者が多い。ヴィムの体も、レイルの家には収まりきらなかったのだ。
別に外でいることに不満はなかった。今までと違って、周囲にそれほど気を配る必要がなくなったので、その分気が楽だった。
それよりも、レイルの姉であるセリアの反応の方がとても印象深く残っている。

『あら……随分大きな友達ね。私はセリア、レイルの姉よ。よろしくね』

笑顔で彼女はそう言った。そして、何事もなかったかのようにレイルを家の中に迎え入れたのだ。
その時にヴィムは家には入れないので、近くの草むらにいてもらうことになった。

セリアは細かい事は気にしない。どうやらレイルがヴィムを連れ帰ったことも『細かいこと』に分類されるようだ。
彼女の価値観がいったいどうなっているのかは分かりかねたが、特に拒まれることもなくあっさりと受け入れてもらえたので深くは考えないでおく。
レイルは今、セリアの実験に付き合わされていていない。リーフも巻き込まれてしまったようだ。
特にすることもないヴィムは、のんびりと日光浴をしているのであった。

「……よう」
ふいに頭上から声が聞こえた。振り向くと、そこにはドクケイルの姿が。
複眼のせいで、どこを見ているのか判断しかねたが、おそらくこちらを見ているのだろう。
「お前は……確か、ケルドだったか?」
セリアのポケモンを紹介されたときに見たのを覚えていた。
妙に落ち着いた語り口調だったのが、記憶に残っている。最初にヴィムを見たときも、少し驚きはしたものの後はいたって冷静だった。
「覚えててくれたんだな。あんたはヴィム、だったよな?」
「……ああ」
ヴィムは一言返すと、黙ってしまった。
互いに喋るのが好きでもないし、会ってから間もない。何を話していいのかも分からなかった。どこか気まずい沈黙が流れる。
「お前は……私が怖くなかったのか?」
「え?」
「初めて会った者には、恐怖心を抱かれることが多いのだが……最初に会ったときでも、お前は冷静だった」

今は普通に会話できるし接することも出来るが、レイルもリーフも、ヴィムと初めて出会ったときは怯えていた。
話すときの声が震えていたレイル、その彼の後ろでびくびくしていたリーフの姿が思い出される。
「あんたを初めて見たとき、何となく……俺に近い雰囲気がしたから、かな」
セリアにボールから出されてヴィムを見た時、最初の一瞬は驚きもしたが、不思議と恐怖心は湧いてこなかった。
あまり友好的な態度ではなかったにせよ、まともに言葉を交わすことも出来た。
「近い雰囲気……だと?」
「ああ。周りの者を寄せ付けないオーラと言うか……孤独を身に纏っているような、そんな感じがした」
「そう見えるか……。殺人鬼と呼ばれ、周囲から避けられるうちに、自ら孤独を招き入れていたのかもしれない」
ヴィムが『蒼の殺人鬼』と呼ばれていたことは、ケルドも知っていた。
別にそれを気にしてはいない。今話をしているヴィムは、殺人鬼ではなかったのだから。
「……俺、何となくヴィムの気持ち、分かる気がするんだ」
最初に会ったときから、ケルドは感じていた。
あいつは一人でいることの寂しさを知っているのではないか、と。
そして、ヴィムの境遇を知っていくうちに、それは確信へと変わった。
「あんたはかなりの時間を、独りで過ごしてきたんじゃないか?」
「確かにな。普通は、殺人鬼という通り名のついている私に近づこうとする者はいないだろう」

だが、レイルはそうではなかった。傍から見れば、危険で無謀な行為と思われるかもしれない。
それでも、ヴィムは彼と出会えてよかったと思っている。自分が今こうしてこの場所に居ることが出来るのは、間違いなく彼のおかげだろうから。
「俺もさ……セリアと会うまではずっと独りだったんだ」
「何か理由があったのか?」
「……俺はあんたと違って過去に何か罪を犯したとか、そんな大層な理由じゃない。ただ、外見が他の奴に好まれなかったから」
ヴィムは改めて、ケルドを眺めた。確かにその外見は気味のいいものではないかもしれない。レイルが苦手としているのも分かるような気がした。
「だが、それはお前自身に責任があるわけではないだろう?」
「そうかもな。けど、持って生まれた姿は変えようがなかったんだ」
ケルドは苦笑気味に言った。表情からは察しがたかったが、声の調子がそんな感じだった。
「その姿であるせいで、随分苦労したよう見えるが……」
「……まあな。会った相手に、一言目には気持ち悪いだの、近寄るな、だの言われてたらすっかり心も荒んじまうよ」

しかし、ケルドは自分の外見を否定するつもりはなかった。
それを否定するということは、自分の存在を否定することのように思えたからだ。
「そんなときに、セリアと出会ったんだ。あいつは……俺の外見なんか気にしないで、ありのままに接してくれた。
その時に感じたね、この人なら信頼できるんじゃないかって。結構な変わり者かもしれないが……俺があいつと一緒にいるのは、あいつが俺を受け入れてくれるからなんだ」
「受け入れてくれるから……か。そうだな、お前と私は似ているのかもしれない。私が初めて信頼した男も、私を受け入れてくれるから、私は信じた」
ザルガスと会ったとき、おそらくヴィムもケルドと同じような事を感じていただろう。
別れたとはいえ、信頼していた人間だ。今、彼がどこにいるのか、どんな状況なのか、少し気がかりだった。
「お互いに、孤独にも詳しいし、俺とあんたは似てるのかもな」
「おかしな共通点だ」
「いいじゃないか別に。似たもの同士ってことで、仲良くやろうぜ、ヴィム」
「ああ、そうだな」
最初に感じた気まずさはもうどこかへ行ってしまっていた。打ち解けられた証拠だろうか。
話をすることで、ケルドのことを知れたし、彼自身にもヴィムを知ってもらえたのだ。これからはケルドと顔を合わせても、黙り込むようなことはないだろう。

「……ん、あれラインじゃないか?」
ヒュエナの家に向かう道の方から、緑の姿がゆっくりと近づいてきている。
ヴィムも視線を移す。ケルドの言うとおりラインだろう。緑だけでは木々に紛れて分かりにくいが、羽と目の赤い色は目立つ。
やがて、レイルの家の前まで来ると、地面にそっと降り立った。
「ライン……?」
「あ、ケルド、それに……ヴィム」
声を掛けられ、振り返ったライン。ヴィムの名を呼ぶのに少しだけ躊躇したように見えた。
「レイルに用事か? あいつならセリアの実験に付き合わされてるが」
「いや、僕は……ヴィムに話があってね」
「私に……話?」
ラインの表情は真剣だった。気楽に雑談をするような雰囲気ではない。
何の話があるのだろうか。ちょっとした緊張からか、ヴィムも真面目な顔つきになる。
「……じゃあ、俺はそろそろ戻る。実験中にあんまり抜けるとセリアがうるさいからな」
その場の空気を察したのか、ケルドは家の中へと入っていった。
ラインはどこかホッとしたような表情を作る。彼が去らなかったら、自分から言って、席を外してもらうつもりだったのだろう。
「気を配ってくれたんだろうな、ケルド。今はレイルもリーフもいないんだよね?」
「ああ」
「それならちょうどいいよ。今から話すことは、まだレイル達は知らなくていい。いずれ知るべきことなのかも知れないけど、今は君にだけ話しておきたいんだ」
それは、今から聞く話が決して朗話などではないことを示していた。
「…………」
少しの間、ヴィムは黙って考える素振りをする。ラインとはあの夜以来会っていなかったので、いつか話をしてみようとは思っていた。
だが、和解したとはいえ、元は敵同士だった相手だ。のこのこと自分から会いに行くのも気が進まなかったのだ。
そこへ、彼が訊ねてきた。どんな内容であろうと、話をすることで見えてくることもあるだろう。さっきのケルドとの会話のように。もう心は決まっていた。
「構わないさ。私に伝えたいことがあるのならば、聞こう」


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