第22話 旅立ちは夕方に




「大丈夫かな、レイル」
ラインが彼が去っていった方を見ていた。もうその後ろ姿は見えなくなっていたが。
「分からない……。キラーのリーダーザルガス……本当なら私達が怒りをぶつけるべき相手、だったのかもしれないけど」
村を襲われた悲しみ、そして怒り。もう過去のことではあるが、完全に消えて無くなったわけではない。
数日前、自分たちがヴィムに向けた言葉や態度のように、まだ心の中に潜んでいるのだ。
「だけど、会ってどうするつもりなんだろ?」
「それも分からないわ。だけど、これはレイルとヴィムの問題であって、第三者にすぎない私達が口出しするべきではないと思うの」
レイルは真剣だった。それは、彼のヴィムに対する気持ちが強いことを示している。
ヒュエナは、その真っ直ぐな想いに水を差すつもりはなかった。
「帰ってきたとき、レイルから笑顔が消えているかもしれないね……」
会いに行く相手は元、キラーのリーダーだった男だ。
何を言われるか分からない。ひょっとしたら傷つくような言葉を浴びせられるかもしれない。
「そうならないように祈りましょう。……私達に出来ることはそれくらいよ」
ヒュエナはおもむろに窓を開け、空を見た。
この空が夕焼けに染まる頃、もう彼は旅立ってしまっているだろう。
伝えるべきことはつたえた。あとは無事を願うだけだった。




レイルが家に戻り、扉を開けるとすぐにリーフが駆け寄ってきた。
戻ってくるのを今か今かと待っていたようだ。どんなことを話してくれるのか、とても気になっているといった感じだ。
元々大きな瞳がいつにも増して輝いているような気がする。言葉には出さなくても、リーフの態度は分かりやすかった。
「まあ、立ち話もなんだから座って話すよ」
「うん!」
二人はテレビの部屋にある椅子に腰掛ける。
立って話すにはちょっとばかり長い話になりそうだったからだ。

ラゾンの街のこと、そこから歩いていける距離にある刑務所のこと、レイルはヒュエナから聞いた話を大まかにまとめてリーフに伝えた。
「……僕はヴィムとラゾンの街に行くことにしたんだ」
「ザルガスに会うの?」
怪訝そうに聞き返すリーフ。
「ヴィムはザルガスのことで悩んでる。だから、直接会うことで解決の糸口が見つかるかもしれないだろ?」
極端かも知れなかったが、レイルが思いついたのはこの方法だった。
悩んでいる原因である人物に会えば、きっと何か進展があるだろうと思ったのだ。
それはリーフにも分かっていた。ヴィムが最初に行動を共にしていたのはザルガスだ。
昔のこととはいえ、まだ心の中に思い残すことがあるのだろう。だから、昨日の夜あんなにも悩んでいたのだ。
「……僕も行っていいかな? ヴィムが悩む原因をつくったのは僕だから」
「もちろんだよ」
ラゾンは都会だ。それにリーフはリスタの外に出たことはない。
もしかしたら行きたがらないかも、とレイルは少し考えていた。
そんな彼が自ら行くと言ってくれたのだ。レイルは少なからず嬉しさを感じていた。来てくれるのならば、ヴィムと二人で行くよりはずっと心強い。

「どこに行くって?」
レイルとリーフはほぼ同時に振り返った。
いつもの白衣を着たセリアがそこに立っていた。興味ありげといった様子でこちらを見ている。
「どこに行くとか会うとかって……何の相談?」
ラゾンへいくのは、少なくとも半日以上の遠出になるだろう。
いくら自分のことを心配しないセリアにも、どこへ何をしに行くかは言っておいた方がいい。
「ラゾンの街に行く。ヴィムが会いたがってる人がいるんだ」
「……そう。分かったわ」
どことなく、レイルがいつもとは違うような雰囲気を纏っているように思えた。
真剣さも見て取れたのだが、何かを思い詰めているようにも見える。それほど重要なことなのだろう。
セリアも深くは追求しようとはしなかった。もともと、そんなに興味を感じなかったという理由もあったが。
「今日の夕方には出発するから」
「夕方か。いいわ、行ってらっしゃい」
笑顔で軽く手を振るような仕草をすると、セリアはくるりと向きを変え部屋を出ていこうとした。
やっぱり姉さんは心配してくれなかったか、とレイルが思いかけたとき何かを思いだしたようにセリアは立ち止まり、
「あ、そうそう! ちょっとした注意なんだけど、ラゾンっていえば結構な都会だから夜は気をつけたほうがいいわよ」
「どうして?」
「よからぬことを企んでる連中もいるってこと。裏通りとかには出来るだけ近づかないほうがいいわ」
いちおう彼女なりにも心配してくれているのだろうか。
あまりにもさらりとした言い方だったので、本当に心配しているのかどうか微妙だったが、一応忠告として受け止めておくことにする。
「分かった。気をつけるよ」
「そう、ならいいのよ。あと、せっかくラゾンの街に行くんだから、お土産頼むわ」
セリアにお金を手渡され、レイルは何とも言えない微妙な表情になる。
観光とか、そんなのんきな目的で行くわけではないのだが。セリアにはそれは分かっていないのだろうか。
いや、分かっていたとしても、自分の望みならば貫き通す。彼女はそういう人物だった。
「お土産は何でもいいから、お願いね」
レイルの返事も聞かずにセリアは部屋を出ていった。
彼女のいなくなった部屋に、唖然と立ちつくすレイルとリーフ。
「めずらしく心配してくれてたと思ったら、これだもんな……」
「まあ、どこに行くって言っても、どんな目的でも、セリアさんはセリアさんなんだよ」
リーフはレイルをなだめるように、彼の肩に手を置いて言った。
それもそうだな、と小さなため息とともに、レイルは答えた。
頼まれたというより押しつけに近いものがあったが、買ってこなかったら彼女が怒るのは目に見えていることだ。
不本意ながらもレイルは、セリアから渡されたお金を握りしめた。




空を見ていた。
透き通った高い青空が自分の目に映る。
昨日見上げた星空と同じように、透明感があった。
「…………ザルガス」
無意識のうちに、その名前が口からこぼれ出る。
今ここで口にしたとしても、その言葉が届くはずもなかった。
だが、自分の中には無駄と分かっていてもその行動を起こさせている何かがあった。
それは、彼に対する未練なのだろうか。それとも、未だに解せなかった彼の行動に対する疑念だろうか。
「やっぱり気になる?」
突然後ろから声がした。ヴィムは振り返り、その顔を見る。
「レイル……」
空を見てぼんやりしていたせいか、近づいてくるのに気がつかなかった。
彼の表情は、何かを決意したかのようだ。瞳は強い輝きを放っているように見える。
「会いたいんでしょ、ザルガスに」
「……ああ」
呟きを聞かれてしまったのか。いや、聞かずとも自分の様子を見ていて分かったのかも知れない。
「行こうよ、会いに」
明るい表情、笑顔ともとれる顔でレイルは言った。
迷いや曇りのない爽やかな顔だ。自分もいつかそんな表情になれるだろうか、とヴィムは思う。
少なくとも、今のままではそれは叶わないことも理解していた。
「本気……なのだろうな」
「前に言ったよね? ヴィムに一人で抱え込んでほしくないって。今抱えてるものも、ザルガスに会えば何か変わるかもしれない。だから……」
森の中でレイルが言った言葉をヴィムは思い出す。口先だけではない、本心からの言葉だったのだ。
こうして自分を気遣ってくれているレイルを見て、ヴィムはあらためてそれを思う。
もはや、自分の答えを言うまでもなかった。



ありがとうな、レイル。


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