Episode5 「追われる者、巻き込まれた者」



コダマタウンとソノオタウンを通じる街道。比較的整備された道ではなく、ほぼあるがままの姿で人々に親しまれている道である。比較的トレーナーの通りが多く、それゆえよく模擬戦をしている新人トレーナーなどの姿もチラホラ確認できる。
ただこの道は高低差が若干あり、行き来するにはちょっとした洞窟を通らなければならない。しかもその洞窟は落石が酷く、岩を一撃で壊せるほどの力があるポケモンがいなければ、通ることが難しいとして有名であった。
だが近年本格的に舗装され、そういったことがなくなったことで、行き来がとてもスムーズになったのだ。まぁだから何よと聞かれたらそれまでだが、とにかくそんな感じで、行き来が楽になっていると、そういうわけである。
そんな道を、シュンとリューンは歩いていた。正確に言うと、リューンは辺り構わず近付く物体に対して闇雲に爪でメッタ切りにしていき、シュンはそんな状態のパートナーを止められずオロオロとしている、といった感じである。
『カゲェェェ!! グルルルルル……』
「……なぁリューン、いい加減機嫌なおせよ。まだ俺たちは旅立って間もないんだから、何も出来なくたってしょうがないだろ? そりゃ振りほどけなかった俺も悪いとは……」
『カゲカ!!』

ズバズバァ!!

瞬間、リューンがシュンの顔へとジャンプすると同時に、両手の爪が彼の顔を襲う。
一瞬で網目状の細い切り傷が、彼の顔に刻み込まれていた。……正直言って、これはちょっと痛々しい。
「はにゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!?」

永く、痛々しい叫びが辺りを包んだ。……ご愁傷様です、シュン君。

そもそも何故リューンはこんなに怒っているのか? それは前々回にてシュン君を無理やり連れまわした、あの中華オヤジが関連している。
あの後ポケモンバトルに関する初歩的なことを教える学校、ポケモンスクールと呼ばれる場所に引きずりこまれ、是でもかと言うほどの雑学を叩き込まれたのだ。
さらには実践訓練だといって数人の学生をけしかけられたものだからたまったものではない。何とか全勝したものの、今度はクロガネに行くべきだとか鉱山で修業するべきだとペチャクチャペチャクチャ……。ここで遂に、リューンがブチ切れてしまったのだ。
……その後どうなったか、あまりに惨状が酷かったので公表することが出来ないが……一言で表現すると。


――荒れ狂う殺劇の宴。


……といった言葉が、一番適切であろう。――某有名TVゲームより、拝借しました。


まぁそんな……珍道中? な旅の中、(網目顔の)シュンとリューンはソノオへと続く崖前の洞窟へと差し掛かった。ここを通れば、ソノオタウンは目と鼻の先である。
『カゲ……カゲ……』
ようやく落ち着いた(力尽きた?)リューンに苦笑しつつ、シュンはリューンをボールに戻し……ふとある疑問をもった。
――そういえば、リューンの性別っていったいどっちなんだろう……――と。
ポケモンもれっきとした生き物であるため、無論のことであるが、性別が存在する。……まぁ一部、性別がハッキリしないポケモンもいるのではあるが(コイル、ビリリダマ等々……)、そいつ等のことはこの際ほっておくとしよう。
雄だからこうとかそういったことはバトル上まったくないのではあるが、一緒に旅をしていく以上やはりそれなりの配慮といったものが必要である。……え、どんな配慮かって?
そりゃぁ、まぁ、その……言えるわけないって!!(どんな配慮を想像した……)

とりあえずシュンは、今までのリューンの行動からどちらかを予想してみることにしてみた。
まず数日間一緒に旅をしていた間の印象を思い浮かべる。プライドが高く、触られることを極端に嫌い、怒ると辺り構わずつっかかる。……良い印象が全くないことに、思わず乾いた笑みが漏れてしまう。
とはいっても現時点では確かめる方法もなく……シュンはため息一つついて先に進むことにした。
「(もうすぐ町に着くし、その時にヒカリ姉ちゃんに聞いてみよっと……)」
そう心の中で決め、改めて洞窟を入ろうとした……その時。
(キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?)
頭に直接響くような声に思わず見上げると……今まさに崖から何か小さな姿の何かが、こちらの顔面向かって落ちてくるではないか。
「え、ちょ――ぶふゎ!?」
見事、小さな何かはシュンの顔面に命中。そのまま巻き込まれるように後ろに倒れてしまったのだった。


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シェイミはただただ、がむしゃらに走っていただけであった。
何も考えず、周りの景色にも脇目を振らず……。そうしなければいけないと、体が、心が、自分の中に眠る本能が、叫ぶから。
……その為、目の前が切り立った崖になっていることに、気づくのが一瞬遅れてしまう。
(――あ、ちょ……きゃぁ!?)
気がついた時には、既に後の祭り。彼女の体は空中に浮かび、重力に逆らうことなくグングンと下に落ちていく。
(キャァァァァァァァァァァァァァァァァァァ!?)
もう駄目だ、死んでしまう。そう思い、思わず目をギュッと瞑る。

「――ぶふゎ!?」
そんな声と共に、何かにぶつかったような感触が伝わる。ただそれは堅く冷たい地面ではなく、少し柔らかく、ジンワリと生暖かい……何かの生き物のような感触。
それが何なのかと確認する間もなく、再びシェイミは空中に放り出されてしまう。ただし今回は勢いが付く前に地面に落ちたので、ちょっと体が痺れるぐらいの衝撃で済んだ。
何とか立ち上がり辺りを見回すと、一人の少年が仰向けに倒れていた。頭を打ったらしく、両手を抱えて痛がっている。

「つぅぅ……何だよいきなり……てか、さっきの一体何だったんだ? ……ん? 何だこれ、ポケモン……?」
赤と黒のウインドブレーカーに長いマフラー。髪は短く目も澄んでいる。ぱっと見ただけでも、先ほどの少年ではないことに安堵するシェイミであったが、彼も人間であることには変わりがない。
またさっきみたいに襲われても可笑しくないので急いで起き上がろうとするも、右前足に激痛が走った。どうやらさっき落ちた時に、足を捻挫してしまったらしく、起き上がろうにも痛みが酷くて立ち上がれそうにもない。
そうこうするうちに目の前の人間は立ち上がり、ゆっくりとこちらに近づいてくる。機を窺っているのか、それとももう簡単に捕らえられると踏んだのか……いづれにしても、この事が一層シェイミを慌てさせる。
何とか逃げようと体を引きずろうとするも、悲しいかな、足が短いのでほんの少ししか動くことが出来ない。人間はドンドンとこちらに近づいてくる。もうあと数センチで、彼の手が届くところまで近づいていた。
もう駄目だ、捕まる! 目をギュッと瞑り、体を縮ませるようにグッと力を入れた。


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「(……こんなポケモン見たことないなぁ。新種かな?)」
未だに疼く頭の痛みを抑えつつ、ゆっくりと新種らしきポケモンのところへ歩いていくシュン。
新種らしきポケモンはこれでもかと言うほど体を縮ませており、一見するとお花と間違えてしまいそうである。
内心おっかなびっくりと目の前のポケモンへと手を伸ばし、背中をさすってみる。新種らしきポケモンはビクッと大きく反応するも、それ以上は揺すっても全然動きを見せない。……我慢しているのだろうか?
今度は抱きかかえようと両手を脇の下辺りに入れようとした――のがまずかった。

――がぶっ。

「いっつぅ!? こいつ、噛みやがった!!」
右手の人差し指に、小さな歯型がついてしまう。牙が尖っていたからか、若干血も滲んでいる。
思わず手を振りあげようとして……シュンは気づいた。このポケモンが、どうしようもないくらいに怯えているということに。
通常ならこのままそっとしておいたほうがいいのだが、ひょっとしたら怪我をしていて、それで気が動転しているのかもしれない。何とかポケモンセンターに連れて行き、ジョーイさんに見せた方がいいのかもしれない。

……ここでいつもなら用語の説明をするのだが、んなこと言ってる暇はないので、次回説明しよう。とにかく、早くこのポケモンを町に連れ帰らねばならない。
しかし、この(新種らしき)ポケモンは、何故か人を怖がっている。これではシュンはこのポケモンを連れていくことが出来ない。だったらボールで捕まえればいいではないかと言う話になるが、それは出来ないのだ。何故かと言うと……。
「……どうしよう、ボール持ってないから一旦捕まえるっていうのも出来ないし……」
そう、彼は未だにボールを買っておらず、一個も持っていないのだ。
……念のために言っておこう。買い忘れたとかそう言うのではなく、買う暇がなかったのだ。店に行く前に謎のおっさんに連れまわされ、その後は暴走するリューンを追いかけここまで来たので、補充できぬままにこの状況になったと言う訳だ。
ボールも持っておらず、人を寄せ付けない。……そうなると、最早手段は一つであった。

「――リューン、力を貸して!」
ベルトのボールを上へと投げ、中から若干不機嫌なリューンが飛び出す。確かにポケモン同士なら、何とかなるかも知れない。
……しかし、やっぱりそう簡単にはいかなさそうである。すぐに状況判断したらしいリューンは、それでも面倒そうにそっぽを向いてしまったのだ。
「頼むよリューン、俺じゃこいつを持つの無理なんだよ〜」
『カゲ、カゲゲ』
「草と炎じゃ相性悪いって? そうだけど、頼めるのはお前しかいないんだって」
『カーゲ、カゲ、カゲカゲ』
「気合いと根性だけでどうにかなる問題じゃないっての! 頼むよリューン、今日は好きなもの食べさせてあげるからさぁ〜」

……なんだかんだで、案外気持ちが通じ合っているらしい。まるで漫才の掛け合いのように会話する一人と一匹。
そしてそんなコンビを、若干不思議そうな目で見るシェイミ。

……そしてそんな彼らを影でみている者が一人。……まだまだ波乱は続きそうであった。

 

 

〜to be continued〜

 


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