Episode12 「鋼のような蜘蛛の糸は蜘蛛の糸では断じてない」



深夜の森を、蒼い風が疾走する。その風を仕留めようと無数の白い物体――正確に言うと銛(もり)のように鋭く尖った何か――が、深海の魚を突き刺そうとするが如く追い立てていく。
いくら北風の化身とも呼ばれるスイクンであろうとも、どこからともなく襲いかかる無数の銛の嵐を防ぎきれる程体は頑丈ではない。さらにはレンやドクロッグといったメンバーがいるのでは、まともに戦うことも出来なかった。
故に彼は今、逃げている。せめて周りがよく見渡せる場所まで逃げることが出来れば、この無数の銛がどこから飛んでくるか分かる為である。

「スイクン、一体どんなポケモンなのか分かる!?」

辛うじて背中にしがみついているレンがそう叫ぶ。この状況で質問に答えるのはちょっと難しいとは思うのだが、スイクンは振り返らずに叫び返す。

(恐 らくアリアドスが二匹、奴らは二種類の蜘蛛の糸を自在に出すことが出来る! 一つは口から出す巣を作るときなどに使う粘着性の高いもの、そしてもう一つが 尻から出す硬化させてつくる槍のように堅く、鋭い攻撃用の糸だ!! カント―と呼ばれる場所のジムリーダーに、同じような手を使う者がいたはずだ!)

走りながらでのこの説明力、見事ですスイクンさん。
追加で説明するとアリアドスは赤と黒の斑(まだら)模様の蜘蛛のような姿をしており、森や林などの木の上によく生息している種族である。
つまり、白い銛のようなものは蜘蛛の糸を固めるなりなんなりして作り出したものだと言うことだ。そんな蜘蛛の糸、はっきり言って非常識である。

「じゃあ森の中にいたら勝ち目が無いんじゃ!?」
(だからこの森から出ようとしているのだ! いいからだまがッ!?)
「うわぁ!!?

呻き声と共にスイクンが大きく体制を崩し、そのまま倒れこんでしまった。当然上に乗っていたレンも前方に大きく投げ出され、全身を否応なく地面に叩きつけられた。
何かと起き上がりみると、スイクンの左後ろ足に蜘蛛の銛で切られたような傷が。血も出てる事から、深手かも知れない。

「スイクン!」
(逃げろ! お前では奴らには勝てん…!」

スイクンが言うと同時に、二体のポケモンが木の上からスルスルと降りてくる。蜘蛛のような姿をした、アリアドスである。
長く細い六本の足をシャカシャカと動かし、ゆっくりとスイクンに近づく二匹。だがその前を、レンが遮った。

(何をしている!? 早く逃げろと言っているだろう!)
「僕らだってそれなりに戦えるよ……? それに君をおいていけない」

どこにいたのかドクロッグも何を考えているのかよく分からないニタニタ顔で、レンの前に躍り出る。

アリアドスは口をモゴモゴとさせ、今にも襲いかからんと機をうかがっている。ドクロッグも、命令さえあればいつでも襲いかからんという体勢。
まさしく一色触発。なにかの合図さえあればすぐにでも激戦が行われるというこの状況。両者ジリジリと間を狭め、まさに開戦というその時であった。

「シルフィーゼ、お願い!!」

その声と共に、突如謎の霧が辺りを包み込む! 一瞬で辺り一面ミルクの中みたいに真っ白になってしまう。
いきなりの事に戸惑うレンだったが、いきなり誰かに手を引かれ、走らされる。

「え、え?」
(いいから早く!)

言われるがまま走り続け、気がついたときには十分以上も走り続けていた。
ようやく一息をつくため足を止めたとき、既に周りには誰もいなかった。

「今のは……一体?」
「はぁ〜、やっと逃げ切ったわね! 全く重いったらありゃしないんだから」

振り向くと、何とスイクン(とドグロッグ)を持ち上げぜぇぜぇと息を切らすリルアの姿が。
投げ捨てるようにスイクンを放り体をぐぃ〜っと伸ばした後、肩をもみつつ懐から傷薬を取り出した。

「シェ イミ襲ったあんたらがなに全滅しそうになってんのよ全く冗談じゃないわそもそもやけに騒がしいから気になって来てみたら何変なことに巻き込まれているのよ ほんとにこっちは眠いの我慢して来てあげてるんだから少しは感謝して欲しい訳ででもその前にこの図体がでかいわんちゃんの傷見てあげないといけないしだけ ど私これ一個しか持っていないからあんた持ってないか聞きたいんだけどとりあえずあんたら何があったか説明しなさいわかった!?」

一息でここまで言い切ったリルアに、思わずレンもスイクンもあっけにとられ返事を返すことが出来なかった。

「分かった!?」
「あ、はい! すいません……」
(…………)



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霧が晴れた頃、ようやく謎の変質者が先程いた場所につき、目の前に起こっている惨状に度肝を抜かされていた。

「なによこれ……あたしのアリアドスちゃん達が全滅してるじゃない」

アリアドス二匹は戦闘不能という状況になっていた。しかも傷を見る限り、何か大きな爪のような物で切られたようで、ほぼ一発で倒されたようである。
さらによく見ると、傷口が若干焦げている。炎技とも見えるが、その割には妙に焦げ付いていない。その事から考えられる技は……。

「ドラゴンクロ―……誰かがあの坊や達を助けたって事かしら。いずれにしても、相当手強い人みたいね」

憎々しげにそう言いつつアリアドス達をボールに戻した後、男はそのまま夜の森の中へと消えていった……。




                                          〜to be continued〜


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