再び起き上がる前に、立ち上がる前に、彼女を追わなければならない。
裏切られたのだというただの空想を拭い払わなければ、とてもこの場に立っている事など出来はしない。
これはもしかしたら、依存というやつではないのか。そんな事はどうでもいい。
未だ解答の無いこの現状を、ただ受け入れるのに耐え切れないだけだ。

「……うっひひ、痛ぇ痛ぇ。」

さっきはたまたま上手くいったものの、この先の戦闘において冷静さを欠いては、状況の不利は避けられない。
超念力による力の転換。跳ね返すのではなく、自らと相手の力を入れ替える妙技。
つまりは、今にも起き上がろうとしているラグラージと私が放つ攻撃の威力は、一時的に転換している状態にある訳で、体力差はあるものの、今の状況的には、此方が有利であるのだ。
焦る必要など無い筈なのに、起き上がろうとしている奴の眼が執拗に生気を放っているせいか、感じているプレッシャーが収まらない。

「……ダメージのせいじゃねぇな。なんでか知らねえが、いつもと勝手が違いやがる。だがまぁ、これでいい。」

今になって疑念が晴れてきた。正しくは、ここの砦の要になっている兵が、今になって見えてきたと言うべきか。
考える前に、私は急がなければならないようだ。
念による移動を行うべく、感覚を研ぎに入った合間、ラグラージの最後の言葉が耳に入った。

「どうやら気付いちまったようだが、だがもう遅いだろうよ。この作戦を俺の所に来る次第、急遽練りにかかったアイツの方が、力馬鹿の俺よりか、全然に厄介な部類にあるんだろうからな。うわっははは!」

最早、直に聞かずとも頭が回る。アリエッタは相手の組んだ戦法を把握した上で、自ら相手の足元に飛び込んで行ったのだ。
崖の上に敵が待っている事、そして足場の不安定な状態で、その敵に攻撃を許すという行為がどれ程危険なものであるか、そしてそれに気付けず、裏切られたとの勘違いにより、アリエッタをみすみす崖上へと運ばせてしまった私の、なんと無様な事か。

「………。」

念を使っての移動や戦術は、集中力が乱れた直後に発動の有無が決まるという、言ってシビアな力である。
焦りも油断も許されない。冷静さが欠ける事が、同時に己が命を削る事に繋がる。
ふと我に返った時、自分の体は、高い地面の上にあった。



何時か前、登り始めた下の地面より、轟音が聞こえ始めた頃の事。
アリエッタが崖のてっぺんに手を掛けた後で、その声は聞こえてきた。

「お疲れ様です。」

一言、崖上の地面より手を差し伸べてきたのは、サボテンともカカシとも似た緑の人形。
差し伸べたその手には無数の棘が生えており、それは罠とも親切とも受け取れる。
アリエッタはこの手を何の躊躇も無く受け取り、それに少し驚いたような無表情をとる緑。

「ありがとう。」

体重を預け、崖上に立ったアリエッタ。崖下をまじまじと見つめ、自分が登ってきた成果を一人噛み締めつつ、下で戦っているネイティを辛そうに眺めている。
後方より緑が、少し考えるような仕草で、アリエッタの背へと迫る。
アリエッタは、崖から一歩踏み出せばまっさかさまという場所に立っている。
先へと進んだ口の上手いコマと、後に残された戦力であるコマに分散して、双方を叩き伏せるという緑の策。
突き落としてしまえばそれまでの所を、ここに来て何故だか躊躇する。

「さてと、小鳥さんを待っている間、少しお話を聞かせて頂きましょうか。」

緑はこの時、アリエッタが人間だからという理由からか、彼女に対して、完全に油断していたのかもしれない。
常の任務に警戒心を怠らない筈の自らが、それが人間だからという理由で、楽な仕事であると認識してしまっている。
それが緑色の彼女、ノクタスにとっての、唯一の敗因であったのかもしれない。

「何者だ……貴様。」
「貴様ではありません。私にはアリエッタという、母から頂いた、由緒ある名前があるのです。」
「……く。」

最早ノクタスに残されていた時間は決して多くはなく、今や一瞬の油断も許されてはいなかった筈であるのに、彼女は何故か、そこから一歩も動く事が出来ないでいた。

「少し理不尽ではありませんか。突然理由も無く、ただ人間だからという理由で、私や小鳥さんを犯罪者に仕立て上げてしまうのは。」
「命令がある。そしてそれを与えられた我々には、それに伴う、相応の責任がある。そしてラージ司令は、今まで一度たりとも、主人の言葉を裏切るような行為に走った事は無く、我々がそれを崩してしまう事は、同時にあの方の築いてきた信用を失わせる事になる。」
「ラグラージさんも、悪い方には見えませんでした。あの方にはあの方なりの理屈や常識があり、それに従って、正しいと思った行動に動かれている。しいて言うのであれば、上で起きている事にはあまり興味が無い、という事なのでしょう。」

自らが仕える主。策略により、戦力を分散させた挙句、彼女はここまで、危険な身一人で登ってきた。
だがノクタスは、ここに来て主を、ラグラージを疑い始めた。
彼は本当に、作戦の一環として、アリエッタをここまで通したのだろうかという、状況としてはどうでもいい疑問に。
これは冷静に事を運ぶ事に長けている彼女にとっては、極めて珍しい事であり、それによる動揺も、今までに感じた事の無いものであった。

「………この女が、この女が。」

今彼女を支配するのは、一時の冷静な判断とは裏腹の、彼女が内に宿す、とある属性から発祥された感情。
ノクタスはここに来て初めて、嫉妬という感情を目覚めさせる事となった。

「人間の分際で……人間の分際で!」

縛られていたその足元が爆発するように、アリエッタへと、腕を振り上げて飛びかかった。
迫り来る相手に対し、崖を背後に、無表情で相手の足元を見つめたアリエッタ。
直後サボネアの放った拳が、自ら押し込まれるような形で地面へと向かい、まだ根の広がる地面に向かって突き刺さった。

「貴方も私達の世界で言う所の、人間らしさを持っている筈なのに、何故、そこに区別や差別が生まれてしまうのかしらね。」

アリエッタなだめるように言い放つと、ノクタスの頭が突如地面へと急降下し、そこに打ち付けた後、ノクタスは意識を失ってしまった。

「不思議ね。ほんと、不思議。」

アリエッタはそのまま立ち上がり、背伸びした後、相方の小鳥を待つ為か、地面に座りこんだ後、何やら懐からメモを取り出して、執拗に何かを書き始めた。
アリエッタがペンを手に取ったその頃が、下の戦いにて、勝利したネイティが念力による移動を開始していた丁度その時であったのだが、この数分か後も、崖上 にネイティが姿を表す事は無く、崖下を覗きながらそれに疑問を感じたアリエッタは、とりあえず森の中心部に駆けて行く事となった。


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