「ネイティちゃんっ!」 空耳かと思えば、振り返る必要など無いのだろう。 夕方頃に木の実を強請っていた、ここより奥の休息所で眠りに付いている筈の小、中級ポケモン達が、事の異変を嗅ぎ付けたのか、辺りに続々と集まってきている。 そう、現在森の入り口は炎に包まれているのだ。 アリエッタを追う事が、事態の悪化を防ぐ事に繋がるのだと、強引に言ってしまえば取る行動は一つである。 「待って、待ってネイティちゃん!」 自分は、そう決めたのではないのか。決意したのではないのか。 今目の前で燃え盛っている森の勢いを止める方法を考える前に、前へと進むべきではないのか。 確かに炎は燃え広がっているが、消火が不可能な範囲という訳でもない。 真夜中ではあるが、就寝者達が入口付近でイビキを掻いていると訳でも無く、消化活動を担当する者に任せて置けば、最悪の事態は間逃れる事が出来る。 「消化隊がまだ到着していないの!このままじゃ火がどんどん広がって、取り返しの付かない事に!」 「お前の力が必要なんだ!悔しいけど、木の実もロクに取れないような俺らじゃ、一帯の火を消化するには限界がある!」 「頼むよネイティ!どうにもならないんだ!力を貸してくれ!」 相応の努力を伴い、それでもなお自らの力の不足を認め、頭を下げるにまで至る程、その身に責任を感じている。 一帯の消化。必要なエネルギーは計算するまでも無い程に、果てしなく大きなものとなる事であろう。 下手をすれば私の体と精神は疲れ果てた挙句、危険な目に合っている彼女を追う事すら出来なくなる。 「ネイティちゃん……?」 「……ごめん。」 これは決意だ。 その為の覚悟であるのならば、傷付く者の疲れ果てた顔などで、迷っている事事態が煩わしい。 曲げねば通り、曲れば通らぬ己が定め。 道中の情け等、不要の極み。 ―小鳥さん知ってる。 言葉になど、惑わされている場合では無いのだ。 ―ポケモンって、実は人とお話が出来るのよ。 だがその決意さえも、言葉が齎したものであるとしたらどうだ。 ―もし危なくなったら、その時はお願いね、小鳥さん。 「ネイティちゃん!」 決意は曲げない。 決断は変えない。 そして一度方向を変えたくらいで、曲ったり折れたり、見失ったりする信念であるのならば。 「ここから真っ直ぐ、中央の崖下まで行って。そこに隊を統括する指揮官がいる筈だから。」 そんなものは、この私には必要の無いものだ。 「でもネイティちゃん。火が、この炎は一体どうすれば……。」 「必要な行動は、必要な時に必要な者が取るべきよ。貴方はこの中でも、特別に足回りが良い存在。貴方は今、とても必要な存在なの。」 そしてそれを試す機会を、私は今与えられている。 「わ……判ったわ。でもネイティちゃん。その間の消化は誰が行えば……。」 「伝令係は行動が最優先。いらない心配してないで、とっとと伝令に行きなさい!」 「はっ……はぃっ!わかりました!」 慌てるように駆け出して行く。少し強めに言ってしまったか。 木の実が頃合に焼けていたら、一番上等なものをプレゼントしておこう。 「力に自信のある者は、到着した消化隊の通路確保に当って。他に足の早い者や消化班は、万が一炎が広がった際の事を考えて、就寝木々付近に向けての伝達に当る事。」 「消化班って……。」 「今現在活動に当っている消化班だけど、大至急非難させて。消化に巻き込まれたら、私も責任が取れないから。」 「……あ、ああ!了解した!」 用件は伝わったようだが、納得の行く言葉にはなっていたのだろうか。 強引さを漂わせた説明や命令に、はたしてどれ程の者が耳を貸して、その伝令を広めてくれるのか。 「おいお前。このネイテイ、本当に大丈夫なのかよ。念道力が使えるからって、いくらなんでも一人じゃ……。」 「コイツの力は、こき使ってきた俺らが一番よく知ってんだ!安心して付いてきやがれ!」 強引なのは、私だけに限った問題では無かったらしい。 混乱を悪化させず、制止しつつも行動を取らせる統率制を持つ者が、意見を聞き、理解に当ってくれる者の中に居てくれたのだという事に感謝しつつ、炎が広まっている熱源の範囲を辿る。 惜しまず、果てが見えようと、存分にその力を使う。その一度でへばるような精神ではない。体中が灰になる事になれば、ゴーストになってでも立ち上がろう。 信じているだけではいけない。力を出し切っているだけではいけない。 ただ必要なのは、炎を灰に変える程の、強力な精神。 「大地を結びに。命を繋ぐ、結び目に。」 ザワついた木々の鼓動も、揺れる夜風の声も、駆ける群れの飛び交う音をも力へと変え、盛る炎の足元のみが、ただ力強く脈を打つ。 「木々が……森が曲っていくぞ!」 「あぶねぇ!早く掴まれー!」 視覚を閉じ、代わりとなる気配探査の目をも閉じ、ただそれでも迷う事無く、今この時、自らの力を使い切った。 器官が麻痺したのか。辺りの景色は見えず聞こえず、何もかもが真っ暗になろうとしている。 「起きてくれネイティ!やったんだぜ!これで俺達の森がっ……!」 「起きてよ!起きてよネイティちゃん!」 周囲の者は、助かった事に安堵しているのか。はたまたこれは私の妄想なのか。 耳も目も効かない筈であるのに、泣き声だけが響いてくる。 私の為に泣いてくれているのだという錯覚があるから、こう感じてしまうのだ。この感情は無駄であるのか。それとも、その意識あるが故に、森は守られていたのか。 「ネイティ……ネイティ……。」 何を勘違いしている。一度眠れば、またすぐに元気になる。 その間、三日か四日かはかかるかもしれない。一年か四年かも判らない。十年か百年かもしれない。 安心していろ。私はすぐに目を開ける。第一、筋力すらもロクに使ってはいないのだ。 全然大丈夫だ。全然、平気だ。 |