―ある者の記述。

―あんなものはポケモンとか人間とか、そういう類のものではない。さながら人の想像する悪魔とやらのイメージが、具象化したものだと言ってもいい。
―ポケモンは人の想像から生み出されたなどという珍妙な仮説を立てる者がいるが、頑固それを否定しよう。
―あんなものが人の中にも、世に蔓延るポケモンの中にも住んでいるのだという事を、それこそ考えるのも嫌になるのだから。

「…………。」

中央部中心中枢機関、巨大樹。
ダーテングは困り果てると、いつもこの木の上に立ってなにやら考えている。
ダーテングは念力を扱う種類のポケモンではないが、何故か彼は、それに伴わない超絶無比の力を備えている。
そもそも、彼がいつから森の中に住むようになったかを誰も知らず、彼は何時の間にか、森の王たる座に付いている。とにかく彼には謎が多い。
階級の制度に関しても、いつ頃から出来てしまったのか。もっと自由で、豊かな方法があったのではないか。
まるで自分の責任かのように、彼はいつも、ここで様々な悩みを遠くに向けて放っている。
騒がしかった夜の森に、ようやくの朝日が登る。照り返されるように光を浴びる森の最上位に立つ者は、それこそ何事も悩みが無いのだろうとされているが、そんな事はなく、普通に考えたり食べたり寝たりもする。
だがその夜、森が全焼するかしまいかという危機の中も、彼はこうして高い木の上でそれを眺めているだけなので、こうした事の中から、彼に顰蹙を買う者が出てくるのかもしれない。

「神に……通ずる……力。」

彼は迷っていた。故に彼は、その答えを求めた。
自らに、枷を求めた。



「お爺様が……?くっ……詳しく話しなさい!」
「お……おお、落ち着こうよキキちゃん!今っ……今すぐ話すから落ち付いてっ……!」

中央部内部、蔦の要塞。とある通路のとある部屋。
非常に入り組んだ構造をしており、迷宮と名高いその巣の中の一室で、どこからか入手した情報に信じ難いという顔を見合わせる二人。
キキバナとその友人、ヘッグである。

「ごほっ、ごほっ、うおほっ。ええと、ちょっとよく判らないんだけど、ダーテング様の御付きの人から一部の衛兵に向けての通達があって、それが僕の所にも回って来たんだよ。」
「なんで伝令係の私に回さないで、私のコネで上がったような貴方に伝令が回るのよっ!」
「えー……えと、つまり、僕の方が情報の機密に関しては評価されてるって言うか……その、と言うかこれ、あんまり他の兵士さんとかに話しちゃいけないって言ってたから、くれぐれもね?」

キキバナは下層部からの伝達を任されてはいるが、たまにこういった、本当に重要な事項は彼女の真横を通り過ぎているという時がある。
最も、そういった情報に関しては自分よりも上の者に鼻が効くヘッグがいるせいか、あまり気にはしていないものの、今回は少し事情が違った。
絶対者であり、森の主であるダーテングが、忽然と姿を消してしまったのだと言う。
いつもの事であると安易に受け取ってしまえばそれまでであるが、事が事である。

「私が信用出来ないって言うの?」
「……うん。」

彼女の名札が掛かった部屋の中から、今度は悲鳴に近い叫び声が聞こえてくる。
ヘッグの能力は、単体においてはあまり高いものではなく、それだけの分類で言えば、下級ランクに近い才能を持った衛兵であったのだが、とある日に行われた 昇格認定の際、ツーマンセルの分野でキキバナとコンビネーションを組んでみた所、ヘッグの才は想像以上の評価を受けた。
以後、ヘッグは特殊昇格扱いにおいて上級ランクの座を獲得し、今もなお、キキバナとの状況に応じたコンビネーションは、上級ランクの者から高い評価を受けている。

「キキちゃんは伝令からすぐ戻って、下級階層に身を潜めているものだと思われていたから、きっとそのせいで伝達が遅れてるんだよ。うん、きっとそうだ。」
「でもって、お爺様は現在捜索中なのね。全く、良い歳なんだからあんまりふらふらするのは体に負担がかかる……そう言えばお爺様って、一体何時頃から森の中に住んでいたのかしら。」
「僕らが森に生まれる前からずっと……あ、キキちゃんはそうか、えーと。」
「……ああ、私の事はいいからさ。」

長らく思い返さなかった主人を今更のように思い返すキキバナ。
先刻森に向かっていた人間の兵団。懐かしい匂いが付いたような気がしていたキキバナであるから、それを思い返して、ますます嫌な気分になった。

「ごめんねキキちゃん。変な事思い出させちゃったよね。」
「別に、アタシも生まれてすぐに置き去りにされたみたいなもんだし、あんたと一緒よ。」

今でも恨んでいるのだろうか。
正に今、アリエッタが扉を開けてこの部屋に入ってくる事があれば、キキバナは迷わず、アリエッタの喉を噛み切ってしまうのだろうか。
恨んでいなくとも、そういう気持ちになってしまう時は、そうなってしまうのである。
詰まる所彼女は、ひどく焦っていた。

「ごめん……。でも、そういう言い方は……あんまりよくないと思うよ。」
「……うるさい。」
「ご、ごめん。」

余計な弁護に対しての罵倒はいつもの事であるが、この時のヘッグはなにか、キキバナに対して妙な違和感を抱いていた。
彼女自身の身になにか、いらぬ焦燥が絡みついているような、そんな違和感を。

「少し、時間頂戴。」
「……判った。でも、あんまり無理しちゃ駄目だよ。」
「……うん。」

ヘッグが外へ出て行くと、キキバナはなにか、知らぬ者の心に鍵をかけたような、そんな圧迫感に襲われる。
戸をガチャリと閉めた音を聞いた時、ヘッグはなにか、異物に蓋を被せたような、そんな罪悪感に襲われる。
交差する思いの中、キキバナは知らずうちに、外に置いてきた友人の事を思い返していた。

――元々オトリに使うつもりであったし、今頃焼き鳥にでもされてしまったか。

この時のキキバナは、予測した想像や検討がほぼ外れている状態にあった。
本人はその事には全く気付いておらず、気付く所か、先に抱くのは己の都合の良い未来ばかり。その要素は無数にあった、決してそれに気付かない訳ではない。気付けないのだ。

――厄介事が全く無い場所なんか、この世に無いのかしら。ううん、そんな事ない。この騒動が終わったら、私、今度こそ貴方に……ヘッグに。

「もういいよヘッグ。ごめんね毎度毎度。悪いって判ってるんだけど、私一旦転ぶと長くて……。」

考えがその方向に向かっておらず、本人はあるがままの考えで、なんとなく未来を予測しているつもりが、実はその願望が本望となって彼女の体を縛り上げているという事に、彼女事態が無自覚なのであった。

「……ヘッグ?」

キキバナの部屋の戸が開け放たれた。それも普通の方法ではなく、もっと強引なやり方で。
破壊された木戸より最初に這い出たのは、両脇に金色の眼を携えた、この世のものとは思えぬ禍々しき首。
次に覗かせたのは、最初に覗いた顔と同じように、両脇に金眼を携えた奇怪なる首。
その二番目に覗かせた首が、開いた顎で加えているのは、先程キキバナが部屋から追い出した、彼女の友人。
友人は動かない。首の顎には顎と直結した鋭い牙のようなものが備わっており、それが友人の体を乱暴に加えている。

「………なに……なによ、これは。」

その声に応えてか、牙によって裂かれ、半壊していた扉が、二つ首を持つ謎の者が扉の向こうから放った咆哮により、完全に破壊された。
そしてその姿。扉の向こうから覗いていた首の根元に当る部位、その根元からもう一本、双方に金色の眼を煌かせる、第三の首が覗いた。
キキバナがこの森に来てからあまり月日も経っていなかったせいか、誰もが伝承の中の存在として記憶の彼方に置き去ったその者の存在を、彼女はこれまでに聞いた事が無かった。

――なに……こいつ。生きて……ううん、死体ですらない。な……なんなの!一体なんなのよこれはっ!

身体から発せられる細かな匂いや体臭という根本的な要素が、目の前に立っている三つ首からはほとんどと言って良い程に欠けている。
ここまで進入してきたという事は、血液やその他の土や葉等の汚れの匂いを少しは体に浴びている筈なのに、それすらが感じ取れない。
この者はなにか、生きる故での根本的な要素。身体的機能の面において、自分とは明らかに違うのではないかと、キキバナは今にも崩れんばかりの本能で、そう判断した。
だがキキバナ自身、今現在の判断が後にある行動において一体何の役に立つのかが、まるで判断出来ない状況にあった。
無駄なのだと。自らはここで、抵抗できぬままに殺されてしまうのだと。

「………なんで、なんでよ。私は悪くない……私は、何も悪い事はしていない!」

キキバナは泣いていた。目の前の友人に対して。そして森の入口で、自ら囮として捨ててきた者に対して。そしてなにより、自分を捨てたかつての主人に対して。
二度と伝わらない思いを懸命に噛み締めながら、彼女は泣いていた。
泣きながら、怒っていた。
怒りながら、走っていた。
半ばヤケになりながらも、彼女は、真っ直ぐに三つ首に向かって突っ込んで行く。
ぎらぎらと煌いた六つの眼が、この時の彼女が見た、最後の光景となった。


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