中央部玉座付近。せわしなく動く群れの中、堂々と偉そうな構えでそこに立つ者が、その前で立ち止まった者からの報告を受けている。

「手配通り、ダーテングは行方不明という事になっているのだな。」
「はっ。森中の者全土に渡ってではなく、端々に分けて情報を渡したという判断が有効であった模様であります。」
「ふふふ、そのようだな。」

不気味に笑うその尖った口の端々には、没落を支えんとする従者に似つかわしくない嫌味ったらしい感情が込められている。
そしてその手には、自然界から切り離されたものにしては不自然な程に赤く染まった球体が握られている。

「思ったよりも強力な力を発揮してくれるようだ。ふふふ、面白い。秘めたる力の発現とやらは、何度やっても面白い結果を齎してくれる。」

うすら笑いの中、入口から奇妙な轟音がほとばしった事に気付く従者。悲鳴にも似たそれを耳にして、なおその不気味な笑みを止めない従者の前に、人質を下げた彼女が降り立った。

「……ふん。薄汚い人間が、まさかここまで辿り着く事が出来ようとは。一体どんな兵器を使ったのだ。」
「泥棒や強盗に何を言われる筋合いも無いわ。私はただ、取られた獲物を貰いに来ただけよ。そうでしょう、教授。」



「ぐわっ!」
「いたっ!」
「よっと。」

テレポートによる移動範囲は、特訓の成果か、最早崖の上を通り越し、ネイティら三者とプラス1の面々は、崖の奥にある中央部玄関までやって来ていた。

「あたた……と。お、随分と近くまで来れたみてえだな。」
「ロックさん達には追いついているのでしょうか。」

床中には、先程崖の下にて四足の群れが踏みつけたような跡は見られない。
だがそれでも、別の入口から彼等が内部に侵入した可能性も考えられる為、断定は出来ない。
それにここから崖の位置までは、結構な距離もある。もし彼等と合流して中へ進入するのであれば、ここで彼等を待つのが道理ではある。

「俺 らの目的は、嬢ちゃんを探し出して話を聞く事と、三つ首とやらの情報を得る事と二つある。時間からして、嬢ちゃんは中にいてもおかしくはねえが、問題は三 つ首だな。神出鬼没の奴を探り出して情報を得る上に、奴はあのダーテングの旦那を苦しめた輩だ。ちっとばかし骨が折れそうだぜ。」
「……そう言えば、その事についてまだあまり聞いていなかったわ。一体、三つ首というのは何者なの?」
「いや、元を辿れば、そりゃ曖昧なモンなんだがよ。」
「?」
「そちらの話は、私から説明致しましょう。」

奇妙な噂があった。
森の中で恐怖に駆られると、その匂いを嗅ぎ付けた世にも恐ろしい三本頭の怪物が、その恐怖を喰らいにその者の元を訪れるのだと言う。
恐怖を喰われた者の全身には三つ首の怨念が篭り、ほおっておくと、その者の体は三つ首の怨念に取り込まれ、世にも恐ろしい三本の頭に変貌してしまうのだという。

「三本頭って……私は一体どうなるのよ。」
「タマタマみたいになるんですかね。進化したら、怖い目のナッシーが出来上がるとか。」
「そ……それはちょっと、ううん、凄く嫌ね。」

噂話だけの存在であったのだが、その後、森の長であったダーテングが、民の混乱を静める為に単身三つ首の元へ乗り込み、その身を大樹の中央部に封印したのだと、アリアドスは語ってくれた。

「その三つ首も凄いけど、ダーテングも半端なく強いって事かな。」
「そうだよ!」

いきなりの声に、ネイティがアリアドスの背を見ると、そこからアリアドスの糸でぐるぐる巻きにされた先程の来訪者が声を上げている。

「ダーテング様は半端ねーくらい強いんだ。お前等なんて、自慢の旋風扇で仰がれたら、あっと言う間に森の彼方まで飛ばされちゃうんだぞ。」
「旋風扇?」

ネイティが尋ねると、自信満々に応える。

「ダーテング様は、吹き荒ぶ風を自由に操る事が出来るんだ。前に三つ首が暴れた時なんて、ダーテング様は扇が起こした風を使って、人間達が持っていた炎を利用したんだ。そのおかげで、炎を苦手とする三つ首の獣に、ダーテング様は勝つ事が出来たんだ。」
「あれ?それは私も初耳ですね。森のどのへんに広まっている噂ですか?」
「噂じゃないやい。本当の事だもん。だって俺、その時その場所で……。」

何か言おうとした来訪者の声を掻き消すようにして、その音が聞こえてきた。
無論、四つ足の駆ける音であるが、その音は何やら、先程聞いていたものとは変わり、寂しいものとなっている。
見ると駆けてくる四つ足の向こうに、何やらせわしなく飛び交う無数の影が見える。

「んあ?あの連中は……。」
「知っているの?そう言えば貴方、崖下の担当だったんなら、その付近の態勢もよく判っている筈だけれど……。」
「んああ、その通りだ。あれはノクタスを超えた所にある中継地点に待機させていたヨルノズクの群れだな。催眠音波を持ってやがる上に、奴等は空中から対象を捕捉する事が可能だからな。ま、もしもの時の二段構えだ。」

駆けてくる四つ足に乗っかっているのは無論、先頭を指揮していたロック……かと思いきや、その部下の者が一人。
ヨルノズクの群れが到着する前に、その者はネイティ達の前に姿を表し、その場で停止した。

「ああ、皆さん。やはり先に到着されていましたか。」
「崖下の時点では追い抜かれてたんだが、まあいいや。ロックはどうした、今頃どっかで寝てやがるか?」
「………あれを。」

下っ端が指差した方向を見ると、ヨルノズクの背中に、何やら見覚えのある声が一つ。
訓練の成果が出たのか、その姿形はこの場にいた者達にハッキリと伝わった。
なんとヨルノズク達の群れの先頭を切っている指揮官らしきヨルノズクの上に、ロックが乗っているのであった。

「移動用に捕獲したんですよ。催眠術による」
「捕獲……。」
『………。』

その場にいた何人かが息を飲んだ。
洗脳され、言うがままに行動に順ずるポケットモンスターである事を余儀なくされた者が、今目の前に実在している。
下っ端の彼にとっては日常茶飯事な事であっても、此方はそういった環境には、どうも慣れがない。
だがまた前方を見て、少し顔付きが変わった。

「あ……あれ?なんか真っ直ぐ飛べてないみたいだけど。」

捕獲した筈のヨルノズクは、何故か場違いな方向に飛んでいく素振りを見せて、その度その上に乗っているロックの強引な指示によって、コースを戻されている。
その為、此方からは不安定にフラフラと飛んで来ているようにも見える。

「いやー、隊長ってあんまりポケモンに好かれるタイプじゃないみたいで、捕まえてもあんまり言う事聞いて貰えなかったりするんですよ。」
「聞かないって……なんだ、捕獲って言うのは、洗脳みたいなモンじゃねえのか?」
「野 生のポケモンと戦って、それで敬意を称えて心身の回復を手伝ってやると、何とか交渉に応じてくれる事はありますが、そんなポンポン捕まってくれるものじゃ ありませんよ。ゲームじゃあるまいし、そんな完璧なボールを作れる会社も、あまり作られないし、技術的にもまだ無いんですよ。」
「……知りませんでした。私はてっきり、言うがままにあんな事やこんな事をされてしまうのかと。」
「あーでも、そういう強制的な人間も多いですからね。でも、そういう考えの人を止めるのも人間の役割ですから、まぁ安心して下さいよ。」
「………。」

ネイティの知識の中には、確かにボールによる捕獲は洗脳行為であると刷り込まれた記憶が存在していた。
だが同時に、今の一件を聞くと、そういう優しい記憶もあるような気がしてきているのだ。
自分は受け継いだ記憶の大半をさも知ったかのような気でいたのではないかと、この時のネイティは少し、己の過信に少し、愚かさを感じていた。

「……本当、世の中判らない事だらけだわ。」
「ネイテイさんでも、判らない事があるのですか?」
「勿論よ。だって私、まだ若いんだから。」

それを今更のように言って、少し笑顔を零したネイティの表情は、何故か寂しげであったが、その中には確かに、何かまた一つ掴めているような、不思議な感情が込められていた。


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