迂闊だった。 能力が向上に向かったとはいえ、感覚というものは、それだけでは何の役にも立ちはしないのだ。 多岐に渡る実戦も無いままに、無造作に感覚を使いすぎていた事を、ただ自覚させられる。 「ぎ……ぎぎぃ。」 奇妙な喉笛が背後から聞こえてきて、背に乗っていた筈の小さな体がいつの間にか地面に横たわっている事に気付いたラグラージであったが、それよりも先に、それまで同じく前方に集中を高めていた筈のネイティが動き出している。 前を向いたままのアリアドスは、後方の攻防に気付いていながらも、前方への注意を逸らさずにいる。 それを見て初めて、自分が一番に出遅れている事を知ったラグラージは、どちらかに加勢出来ないかと躊躇するが、その必要も無くなった。 「おっ……うおっと!」 襲いかかってきている相手を撹乱しながら、負傷したポケモンを、背負っていたラグラージに投げてよこすネイティ。 なおもネイティは、何か赤黒い影を撹乱している。 それだけで、ラグラージには判断が付いた。 「……損失が激しいな。アリアドス、出来るか?」 「おまかせを。」 警戒に当っていたアリアドスが、その口を此方に向けると、ラグラージの手の中にある小さき者が、白い包帯のようなものに包まれた。 ほとんど目と足だけが突き出たそれを抱えて、ラグラージはネイティと影が一戦を交えている中を睨み付ける。 行動の意図を察したネイティは、戦闘を交えていた影をラグラージの前方から切り離すように誘導し始める。 それが合図だったかのように、ラグラージは正面に向かって真っ直ぐ走り出した。 「ぎいっ……!」 何かを察したのか、戦闘を交えていた影が振り返り、ラグラージの方向に向かって、その棘だらけの体をタックルさせた。 迫り来る一撃、だがそれがすんでの所で止まる。 前方に注意を向けているアリアドスが、その後方から発射した糸が、影の足元を縛り上げた。 後ろに目が付いているかのように、ラグラージと違い、アリアドスはこういった後方への対応には優れているらしい。 「最上階だ!そこでまた落ち会おう!」 「判りました!どうかご無事で!」 返答にニヤリと笑い、小さき者を抱えたラグラージは、壊れかけの地下階段のようなもの入口に飛び込んでいった。 中央部はこの森の情報が寄り固まった、言わば「核」のようなものであり、勿論人間で言う所の、医療器具のようなものも備わっている。 ラグラージは先程の一瞬で、自分の対応には何らかの限界がある事に気付いてしまった。 小さき者が飛び出した事。後方への警戒心を持ち合わせていなかった事。それらがラグラージにとっては「不注意」以外の何者でもなく、自らの弱さを痛感してしまった。 実力があるにせよ無きにせよ、僅かな失望が判断を鈍らせる事を、戦闘経験の多かったラグラージは知っていた上、長年のブランクによって自分の戦闘センスが損なわれている事にも気付いていた。 それ故に戦線から離脱し、負傷した者を一刻も早く良い状態に持っていく道を選んだのである。 判断は良かった。だが、内部は警戒態勢にあり、ラグラージ自身に危険が降りかからないとも限らないのだ。 「ぎぎぃ!」 足に絡まっていた糸を強引に剥がしていく黒い影。 だが瞬時にアリアドスが糸を伸ばし、その体の自由を奪う。 次第に動作が鈍り、地に伏した影は、そのまま動かなくなった。 「大丈夫ですか、ネイティさん。」 「……私の方に傷は無いけど、この子、やたらがむしゃらに攻撃してきたせいか、結構怪我しているみたい。」 四肢と口の自由を奪った糸の合間から見える皮膚には、無数の傷がある。 もしこの場にラグラージが残ったいたとするなら、その傷の量には見覚えがあったとは思うが、彼は既に駆けて行ってしまった。 だが、自由を奪われた影の体から、何か赤黒いものが滲み出てきている。 得体の知れないそれは、どこかで感じた事のあるものである。 「そろそろ、到着のようですよ。」 考える前に、アリアドスの声で前方を見上げると、もうあと数十メートルの所に、ヨルノズクに乗ったロックの姿が見えている。 ネイティはふと、その事に気が付いた。下方にあった謎の気配の反応が、忽然と消えているのだ。 「……あれ?」 「どうやら、危機は去ったようですね。」 その合間にも、ロックを乗せたヨルノズクは近づいてくる。 そして着陸の為か、ヨルノズクが地面に近づいて羽ばたいた直後、ロックがそこから飛び降りるような態勢をとり、そのまま地面に向かって跳び降りた。 だが、ロックが地面に着地する事は無かった。 飛び出してきた影がロックを貫き、そのままロックは、森の中に向けて吹っ飛ばされた。 これに驚いたヨルノズクは、空中でバタバタと飛び回っていたが、森の中から伸びた閃光に捕まり、その身をロックの放ったボールキャプチャーの中におさめた。 驚いたロックはひとまず、ネイティとアリアドスの無事を確認しようと入口に向かったが、足を何かに引っ掛けて転んでしまった。 「………どういうつもりだ。」 引っ掛けたロックの足は、そのまま白い包帯のようなものに包まれていた。 そして足を引っ掛けたロックの前方に立っていたのは、全身から赤黒い光を染み出している、アリアドスとネイティの姿であった。 |